・・・商売というものの性質も昨今は急速に変って来ているのだし、従って明治時代に描かれたような個人の立身出世の夢や、この一二年前のような戦時成金への夢想も既に現実のよりどころは喪っている。自分一人の儲け、自分一人の立身出世、それを狙うことの愚かさは・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・明年度の文学が一躍、輝しき知慧の光と人間の愛に充満しようとは夢想だにされまい。文学はこれからうちつづく何年かの間、本質的には苦難を経、守勢をとり、萎靡した形をとるであろう。文学におけるヒューマニズムの問題、能動精神の提唱をした一部の作家が、・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・従って、群集の各人は、箇性の力に明かな局限を認める事に馴れ、其の局限の此方でする活動が、結局は夢想でない今日の現実に於て最も有効である事を滲み込まされます。其で、所謂賢明な者は、相当に一般を首肯させる理論を前提として、最も安全な現状維持を主・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 生活そのものにつかみかかって来るような必然性に欠けた、インテリゲンチアの知的自慰にすぎぬ不安の文学が、当然の結果として夢想しているように強烈な、ヨーロッパ的立体性をもった内容の新しい心境文学を創り出すことができないでいる間に、いい加減・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ 第四日 人間が無念無想になる時は、一日の中に可成沢山有る。私の一日中に無念無想になる時には、 朝起きてかおを洗う時……手拭に水をためて顔にあてた切那、 あくびをする時、あついお湯にしずむ時、だるくってそ・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・ しかし、何といっても、作家も人間である以上は、一人で一切の生活を通過するということは不可能なことであるから、何事をも正確に生き生きと書き得られるということは所詮それは夢想に同じであるが、私たちにしても作者の顔や過去を知っているときは、・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・要するに私は要求と現実とを混同する夢想家に過ぎなかった。 こうして私は自分の才能に失望してかなりに苦しむ。しかし私は思う。私の問題は与えられた物が何であるかに――私の Was にあるのではなかった。私はただ与えられた物を愛し育てるために・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・心敬は猿楽の世阿弥を無双不思議とほめているが、我々から見ても無双不思議である。能楽が今でも日本文化の一つの代表的な産物として世界に提供し得られるものであるとすれば、その内の少なからぬ部分の創作者である世阿弥は、世界的な作家として認められなく・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫