・・・すると主人がにわかに元気になってむっくり起き上がりました。「よし。イーハトーヴの野原で、指折り数えられる大百姓のおれが、こんなことで参るか。よし。来年こそやるぞ。ブドリ、おまえおれのうちへ来てから、まだ一晩も寝たいくらい寝たことがないな・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 蛙はそれを聞くと、むっくり起きあがってあぐらをかいて、かばんのような大きな口を一ぱいにあけて笑いました。そしてなめくじにおじぎをして云いました。「いや、さよなら。なめくじさん。とんだことになりましたね。」 なめくじが泣きそうに・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・冬、むっくり着ぶくれて、頬っぺたまで包む帽子をかぶっているところは女の子も男の子も見境いがつかない。チーチーパッパでやって行くが、上級の子は、女の子は大抵の女の子とつれ立ち、男の子は男の子とつれ立っている。ペーヴメントから溢れるほど大勢で威・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・と言って臂を伸ばして、両眼を開いて、むっくり起きた。「たいそうよくお休みになりました。お袋さまがあまり遅くなりはせぬかとおっしゃりますから、お起し申しました。それに関様がおいでになりました」「そうか。それでは午になったと見える。少し・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・と言って、長太郎はむっくり起き上がった。 いちは言った。「じゃあ、お起き、着物を着せてあげよう。長さんは小さくても男だから、いっしょに行ってくれれば、そのほうがいいのよ」と言った。 女房は夢のようにあたりの騒がしいのを聞いて、少し不・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・ 小さい杯は琥珀いろの手の、腱ばかりから出来ているような指を離れて、薄紅のむっくりした、一つの手から他の手に渡った。「まあ、変にくすんだ色だこと」「これでも瀬戸物でしょうか」「石じゃあないの」「火事場の灰の中から拾って来・・・ 森鴎外 「杯」
・・・ 暫くすると、お金の右隣に寝ている女中が、むっくり銀杏返しの頭を擡げて、お金と目を見合わせた。お松と云って、痩せた、色の浅黒い、気丈な女で、年は十九だと云っているが、その頃二十五になっていたお金が、自分より精々二つ位しか若くはないと思っ・・・ 森鴎外 「心中」
・・・そうしてさらに一層まれに、すなわち数年の間に一度くらい、あの王者の威厳と聖人の香りをもってむっくりと落ち葉を持ち上げている松茸に、出逢うこともできたのである。 こういう茸狩りにおいて出逢う茸は、それぞれ品位と価値とを異にするように感じら・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫