・・・と話すのを、こっちも芸術家だ、眼をふさいで瞑想しながら聴いていると、ありありとその姿が前に在るように見えた。そしてまだ話をきかぬ雌までも浮いて見えたので、「雌の方の頸はちょいと一うねりしてネ、そして後足の爪と踵とに一工夫がある。」・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・妙なもので、あのように鈍重に見えていても、ものを食う時には実に素早いそうで、静かに瞑想にふけっている時でも自分の頭の側に他の動物が来ると、パッと頭を曲げて食いつく、是がどうも実に素早いものだそうで、話に聞いてさえ興醒めがするくらいで、突如と・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・どれ、きょうも高邁の瞑想にふけるか。僕がどんなに高貴な生まれであるか、誰も知らない。」 ネムの苗。「クルミのチビは、何を言っているのかしら。不平家なんだわ、きっと。不良少年かも知れない。いまに私が花咲けば、さだめし、いやらし・・・ 太宰治 「失敗園」
・・・女は、瞑想しない。女は、号令しない。女は、創造しない。けれども、その現実の女を、あらわに軽蔑しては、間違いである。こんなことは、書きながら、顔が赤くなって来て、かなわない。まあ、やさしくしてやるんだね。 絶望は、優雅を生む。そこには、ど・・・ 太宰治 「女人創造」
・・・はたから見ると、私は、きっとキザに気取って、おろかしい瞑想にふけっているばあちゃん女史に見えるでしょうが、でも、私、こうしているのが一ばん、らくなんですもの。死んだふり。そんな言葉、思い出して、可笑しゅうございました。けれども、だんだん私は・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・ 昔の学者などの中にはほとんど年中、あるいは生涯貧しい薄暗い家の中に引き籠ったきりで深い思索や瞑想に耽っていたような人もあったらしい。こんな人達はすぐ隣に住んでいるゴシップ等の眼にはあるいはちょうどこの簑虫のように気の知れない、また存在・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・すでに境界線に立って線外の自然をつかまんとするものは、いたずらに目をふさいで迷想するだけではだめである。目を開いて自然その物を凝視しなければならぬ。これを手に取って右転左転して見なければならぬ。そうして大いに疑わねばならぬ。この際にただ注意・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・しかし寝坊をして出勤時間に遅れないように急いで用を足す習慣のものには、これもまた瞑想に適した環境ではない。 残る一つの「鞍上」はちょっとわれわれに縁が遠い。これに代わるべき人力や自動車も少なくも東京市中ではあまり落ち着いた気分を養うには・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・その上私には、道を歩きながら瞑想に耽る癖があった。途中で知人に挨拶されても、少しも知らずにいる私は、時々自分の家のすぐ近所で迷児になり、人に道をきいて笑われたりする。かつて私は、長く住んでいた家の廻りを、塀に添うて何十回もぐるぐると廻り歩い・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・反対に孤独癖の人間は、黙って瞑想に耽ることを楽しみとする。西洋人と東洋人とを比較すると、概してみな我々東洋人は、非社交的な瞑想人種に出来上ってる。孤独癖ということは、一般的には東洋人の気質であるかも知れないのだ。深山の中に唯一人で住んでる仙・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
出典:青空文庫