・・・髪はめっきり白くなり、すわり胼胝は豆のように堅く、腰は腐ってしまいそうに重かった。朝寝の枕もとに煙草盆を引きよせて、寝そべりながら一服やるような癖もついた。私の姉がそれをやった時分に、私はまだ若くて、年取った人たちの世界というものをのぞいて・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ しばらく逢わずにいるうちに直次もめっきり年をとった。おげんは熊吉を見るのも何年振りかと思った。「姉さんの旦那さんが亡くなったことも、私は旅にいて知りました。」 と熊吉は思出し顔に言ったが、そういう弟は五十五日も船に乗りつづけて・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・此頃めっきり色が白くなったじゃないか。万葉を読んでいるんだってね。読者を、あんまり、だまさないで下さい。図に乗って、あんまり人をなめていると、みんなばらしてやりますよ。僕が知らないと思っているのですか。 責任が重いんだぜ。わからないかね・・・ 太宰治 「或る忠告」
・・・これを飲むと、僕の小説にもめっきり艶っぽさが出て来るという事になるかも知れない。」 と言い、そもそも郵便局で無筆のあわれな爺さんに逢った事のはじめから、こまかに語り起すと、女房は半分も聞かぬうちに、「ウソ、ウソ。お父さんは、また、て・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・私は、めっきり口数を少くした。「さ、どうぞ。おいしいものは、何もございませんが、どうぞ、お箸をおつけになって下さい。」小坂氏は、しきりにすすめる。「それ、お酌をせんかい。しっかり、ひとつ召し上って下さい。さ、どうぞ、しっかり。」しっかり・・・ 太宰治 「佳日」
・・・それから私は五年間四国、九州と渡り歩き、めっきり老け込んでしまいました。そうしてしだいに私は軽んぜられ、六年振りでまた東京へ舞い戻った時には、あまり変り果てた自分の身のなりゆきに、つい自己嫌悪しちゃいましたわ。東京へ帰って来てからは私はただ・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・失礼な話ですが、おくにのお母さんだって、もう七十ですよ。めっきり此頃、衰弱なさったそうだ。いつ、どんな事になるか、わかりやしませんよ。その時、このままの関係でいたんじゃ、まずい。事がめんどうですよ。」「そうですね。」私は憂鬱だった。・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・世の中が、何かしら微妙に変って来たせいか、または、彼のからだが、日頃の不節制のために最近めっきり痩せ細って来たせいか、いや、いや、単に「とし」のせいか、色即是空、酒もつまらぬ、小さい家を一軒買い、田舎から女房子供を呼び寄せて、……という里心・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・「小学校四五年のころ、末の兄からデモクラシイという思想を聞き、母まで、デモクラシイのため税金がめっきり高くなって作米の殆どみんなを税金に取られる、と客たちにこぼしているのを耳にして、私はその思想に心弱くうろたえた。そして、夏は下男たちの・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・草蓬々の広い廃園を眺めながら、私は離れの一室に坐って、めっきり笑を失っていた。私は、再び死ぬつもりでいた。きざと言えば、きざである。いい気なものであった。私は、やはり、人生をドラマと見做していた。いや、ドラマを人生と見做していた。けれども人・・・ 太宰治 「十五年間」
出典:青空文庫