・・・しかしいまだに僕の家には薄暗い納戸の隅の棚にお狸様の宮を設け、夜は必ずその宮の前に小さい蝋燭をともしている。 八 蘭 僕は時々狭い庭を歩き、父の真似をして雑草を抜いた。実際庭は水場だけにいろいろの草を生じやすかった。・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・そういう見識から儲けが生まれてこなければ、大きな儲けは生まれはしない。沢本 俗物の本音を出したな。花田 俺がそんなことでもして大きな儲けをしたら俗物とでもなんとでもいうがいい。融通のきかないのをいいことにして仙人ぶってるおまえた・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・正義だの、人道だのということにはおかまいなしに一生懸命儲けなければならぬ。国のためなんて考える暇があるものか!」 かの早くから我々の間に竄入している哲学的虚無主義のごときも、またこの愛国心の一歩だけ進歩したものであることはいうまでもない・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 舌打の高慢さ、「おらも乗って行きゃ小遣が貰えたに、号外を遣って儲け損なった。お浜ッ児に何にも玩弄物が買えねえな。」 と出額をがッくり、爪尖に蠣殻を突ッかけて、赤蜻蛉の散ったあとへ、ぼたぼたと溢れて映る、烏の影へ足礫。「何を・・・ 泉鏡花 「海異記」
上 実は好奇心のゆえに、しかれども予は予が画師たるを利器として、ともかくも口実を設けつつ、予と兄弟もただならざる医学士高峰をしいて、某の日東京府下の一病院において、渠が刀を下すべき、貴船伯爵夫人の手術をば予をして見せしむることを・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・東に向けて臥床設けし、枕頭なる皿のなかに、蜜柑と熟したる葡萄と装りたり。枕をば高くしつ。病める人は頭埋めて、小やかにぞ臥したりける。 思いしよりなお瘠せたり。頬のあたり太く細りぬ。真白うて玉なす顔、両の瞼に血の色染めて、うつくしさ、気高・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・いやどこも不景気で、大したほまちにはならないそうだけれど、差引一ぱいに行けば、家族が、一夏避暑をする儲けがある。梅水は富士の裾野――御殿場へ出張した。 そこへ、お誓が手伝いに出向いたと聞いて、がっかりして、峰は白雪、麓は霞だろう、とその・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ええ、それをですわ、――世間、いなずま目が光る―― ――恥を知らぬか、恥じないか――と皆でわあわあ、さも初路さんが、そんな姿絵を、紅い毛、碧い目にまで、露呈に見せて、お宝を儲けたように、唱い立てられて見た日には、内気な、優し・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・東京ならば牛鍋屋か鰻屋ででもなければ見られない茶ぶだいなるものの前に座を設けられた予は、岡村は暢気だから、未だ気が若いから、遠来の客の感情を傷うた事も心づかずにこんな事をするのだ、悪気があっての事ではないと、吾れ自ら頻りに解釈して居るものの・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・随って商売上武家と交渉するには多才多芸な椿岳の斡旋を必要としたので、八面玲瓏の椿岳の才機は伊藤を助けて算盤玉以上に伊藤を儲けさしたのである。 伊藤八兵衛の成功は幕末に頂巓に達し、江戸一の大富限者として第一に指を折られた。元治年中、水戸の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫