・・・觀世善九郎という人が鼓を打ちますと、台所の銅壺の蓋がかたりと持上り、或は屋根の瓦がばら/\/\と落ちたという、それが為瓦胴という銘が下りたという事を申しますが、この七兵衞という人は至って無慾な人でございます。只宅にばかり居まして伎の事のみを・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・「そう御新造さまのようにお小遣いを使わっせると、わたしがお家の方へ申し訳がないで」 と婆やはきまりのようにそれを言って、渋々おげんの請求に応じた。 こうした場合ほどおげんに取って、自分の弱点に触られるような気のすることはなかった・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・とウイリイが申しました。王さまは重ねて、「まだほかにもあるか。」とお聞きになりました。ウイリイは正直に、まだいくまいもございますと言って、ほかのもみんな持って来てお目にかけました。 御覧になると、すべてで三十枚ありました。それがみん・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ とその小さな子が申しました。「昼過ぎになったら、太陽を拝みにつれて行ってあげますからね」 そう言えばここは、この島の海岸の高いがけの間にあって暗い所でした。おまけに住宅は松の木陰になっていて、海さえ見えぬほどふさがっていました・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・あなたを、おしたい申しているのよ。いじらしいじゃないの。 ――たまらん。 ――おや、おや。やっぱり、お汗が多いのねえ。あら、お袖なんかで拭いちゃ、みっともないわよ。ハンケチないの? こんどの奥さん、気がきかないのね。夏の外出には、ハ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・四十ペンニヒ頂戴いたしたいと申しておりました。」「そんなら出しておいてくれい。あとで一しょに勘定して貰うから。」 襟は丁寧に包んで、紐でしっかり縛ってある。おれはそれを提げて、来合せた電車に乗って、二分間ほどすると下りた。「旦那・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・しかられる覚悟をきめて勇気をふるって出かけて行ったが、先生は存外にこうしたわれわれの勝手な申しぶんをともかくも聞き取られた。しかしもちろんそんなことを問題にはされるはずがなかった。その要件の話がすんだあとで、いろいろ雑談をしているうちに、ど・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・三吉が東京へゆくと申しますが、あれに出てゆかれたらあとが困りますなんてなぁ、きみも長男だからね」 などという。「――熊連だってこまるよ。小野も津田もいなくなるし、五高の連中だって、もうすぐ卒業していってしもうしなァ。きみのような有能・・・ 徳永直 「白い道」
・・・味の音を仰いで聞けば、仲之町芸者が冴えたる腕に、君が情の仮寐の床にと何ならぬ一ふしあはれも深く、この時節より通ひ初むるは浮かれ浮かるる遊客ならで、身にしみじみと実のあるお方のよし、遊女あがりのさる人が申しき。 一葉が文の情調は柳浪の・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・けさ立てる人々の蹄の痕を追い懸けて病癒えぬと申し給え。この頃の蔭口、二人をつつむ疑の雲を晴し給え」「さほどに人が怖くて恋がなろか」と男は乱るる髪を広き額に払って、わざとながらからからと笑う。高き室の静かなる中に、常ならず快からぬ響が伝わ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫