・・・ と脛をもじもじ。「可よ、お上りよ。」「だって、姉さんは綺麗ずきだからな。」「構わないよ、ねえ、」 といって、抱き上げた児に頬摺しつつ、横に見向いた顔が白い。「やあ、もう笑ってら、今泣いた烏が、」 と縁端に遠慮し・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ と何か言いたそうに、膝で、もじもじして、平吉の額をぬすみ見る女房の様は、湯船へ横飛びにざぶんと入る、あの見世物の婦らしい。これも平吉に買われたために、姿まで変ったのであろう。 坐り直って、「あなたえ。」 と怨めしそうな、情・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ と、も一つ押被せたが、そのまま、遣放しにも出来ないのは、彼がまだ何か言いたそうに、もじもじとしたからで。 和尚はまじりと見ていたが、果しがないから、大な耳を引傾げざまに、ト掌を当てて、燈明の前へ、その黒子を明らさまに出した体は、耳・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 省作はいくじなく挨拶のことばも出ないが、帯を締めるにもことさらに手間どってもじもじしている。おとよさんはつと立ってきて髪の香りの鼻をうつまでより添う。そして声を潜めて、「この間里から蜂屋柿を送ってくれたから省さんに二つ三つあげます・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・早く、水の中を自由に泳ぎたいものだと、体をもじもじさしていました。 けれど、母親は、よくいい諭したのであります。「もうすこし辛棒しておいで、じきに春になる。そうすれば、水の上が明るくなって、水もあたたまりますよ。そうなったら、自由に・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・ この電車で帰ってはどうかと、新吉はすすめたが、女は心が決らぬらしくもじもじしていた。 結局乗ったのは、新吉だけだった。動き出した電車の窓から見ると女は新吉が腰を掛けていた場所に坐って、きょとんとした眼を前方へ向けていた。夜が次第に・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ 老訓導は重ねて勧めず、あわてて村上浪六や菊池幽芳などもう私の前では三度目の古い文芸談の方へ話を移して、暫らくもじもじしていたが、やがて読む気もないらしい書物を二冊私の書棚から抜き出すと、これ借りますよと起ち上り、再び防空頭巾を被って風・・・ 織田作之助 「世相」
・・・火の出る想いがし、もじもじしていると、二円でよろしい。あきれながら渡すと、ちょっと急ぎますよってとぴょこんと頭を下げて、すーと行ってしまった。心斎橋筋の雑閙のなかでひともあろうに許嫁に小銭を借りるなんて、これが私の夫になる人のすることなのか・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・と言い返しざまにひょいと家の中へ飛び込むのだったが、その連中の中に魚屋の鉄ちゃんの顔がまじっていると安子はもう口も利けず、もじもじと赫くなり夏の宵の悩ましさがふと胸をしめつけるのだった。鉄ちゃんは須田町の近くの魚屋の伜で十九歳、浅黒い顔に角・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・乗っていた子供――女の児だったそうですが――はもじもじし出し顔が段々赤くなって来てしまいには泣きそうになったと云います。――私達は大いに笑いました。私の眼の前にはその光景がありありと浮びました。人のいい驢馬の稚気に富んだ尾籠、そしてその尾籠・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
出典:青空文庫