・・・わが身と立場とを守る笑いだ。防禦の笑いだ。敵の鋭鋒を避ける笑いだ。つまり、ごまかしの笑いである。 そうして、私の寝ながらの空想は、次のような展開をはじめたのである。 彼はあの街頭の討論を終えて、ほっとして汗を拭き、それから急に不機嫌・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・しかし、この個人的な経験はおそらく一般的には応用が利かないであろうし、ましてや、科学の神殿を守る祭祀の司になろうと志す人、また科学の階段を登って栄達と権勢の花の山に遊ぼうと望む人達にはあまり参考になりそうに思われないのである。ただ科学の野辺・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・ 芸術という料理の美味も時に人を酔わす、その酔わせる成分には前記の酒もあり、ニコチン、アトロピン、コカイン、モルフィンいろいろのものがあるようである。この成分によって芸術の分類ができるかもしれない。コカイン芸術やモルフィン文学があまりに・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・ 芸術という料理の美味も時に人を酔わす、その酔わせる成分には前記の酒もあり、ニコチン、アトロピン、コカイン、モルフィンいろいろのものがあるようである。この成分によって芸術の分類ができるかもしれない。コカイン芸術やモルフィン文学があまりに・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・もしも時代と場所がちがっていて、人が自分の生命に賭けても Honour を守るような場合であったらこれはただではすみそうもない。 こんな事を考えて暑い日の暑苦しい心持をさらに増したのであった。 それから四、五日経っての事である。私は・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・羊の群れを守る番犬がぐるぐる駆け回って、列を離れようとする羊を追い込むような様子があった。今になって考えてみるとあれはやはり輪郭線や色彩が逃げよう逃げようとするのを見張っていたのだと思われた。こういうふうにやらなければならないとなるとなかな・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・墓前花堆うして香煙空しく迷う塔婆の影、木の間もる日光をあびて骨あらわなる白張燈籠目に立つなどさま/″\哀れなりける。上野へ入れば往来の人ようやくしげく、ステッキ引きずる書生の群あれば盛装せる御嬢様坊ちゃん方をはじめ、自転車はしらして得意気な・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・勿論それが単なる地貌学的ないし生物学的の記述でなく、文学的作品と呼ばれ得る所以は、これらの対象中に作者の人格が滲潤している点にあるが、その作者から流出したものを盛るべき容器が科学的事実である限り、その容器に科学的破綻があっては工合が悪いので・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・ 近頃ある薬学者に聞いた話であるが、薬を盛るのに、例えば純粋な下剤だけを用いると、どうも結果は工合よく行かない、しかし下剤とは反対の効果を生じるような収斂剤を交ぜて施用すると大変工合がよいそうである。つまり人間の体内に耆婆扁鵲以上の名医・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
レーリー家の祖先は一六六〇年頃エセックス州のモルドン附近に若干の水車を所有して粉磨業を営んでいた。一七二〇年頃ターリングに新しく住家を求め、その後 Terling Place の荘園を買った。その邸宅はもとノリッチ僧正の宮・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
出典:青空文庫