・・・ 僕は八つの時から十五の時まで叔父の家で育ったので、そのころ、僕の父母は東京にいられたのである。 叔父の家はその土地の豪家で、山林田畑をたくさん持って、家に使う男女も常に七八人いたのである。僕は僕の少年の時・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ 運動場は扇形に開いた九つのコンクリートの壁がつッ立ッていて、八つの空間を作っている。その中に一人ずつ入って、走り廻わる。――それを丁度扇の要に当る所に一段と高い台があって、其処に看守が陣取り、皆を一眼に見下している。 俺だちの・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・馬したの口調にならわば二つ寝て二ツ起きた二日の後俊雄は割前の金届けんと同伴の方へ出向きたるにこれは頂かぬそれでは困ると世間のミエが推っつやっつのあげくしからば今一夕と呑むが願いの同伴の男は七つのものを八つまでは灘へうちこむ五斗兵衛が末胤酔え・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・彼女はあの奥様の眠っている部屋の床板の下あたりを歩き廻る白い犬のかたちを想像でありありと見ることも出来た。八つ房という犬に連添って八人の子を産んだという伏姫のことなぞが自然と胸に浮んで来た。おげんはまだ心も柔く物にも感じ易い若い娘の頃に馬琴・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・藤さんが七つ八つにすぎぬころであったろう。それから四五年してここの主人が亡くなって、小母さんはこちらへ住居をきめることになった。別れの時には藤さんも小母さんも泣いた。藤さんはその後いつまでも小母さん小母さんと恋しがって、今日まで月に一二度、・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 私は焼け出されて津軽の生家の居候になり、鬱々として楽しまず、ひょっこり訪ねて来た小学時代の同級生でいまはこの町の名誉職の人に向って、そのような八つ当りの愚論を吐いた。名誉職は笑って、「いや、ごもっとも。しかし、それは、逆じゃありま・・・ 太宰治 「嘘」
・・・それから男、女、女、その末のが八つでことし小学校にあがりました。もう一安心。お慶も苦労いたしました。なんというか、まあ、お宅のような大家にあがって行儀見習いした者は、やはりどこか、ちがいましてな」すこし顔を赤くして笑い、「おかげさまでした。・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・「身一つに頭八つ尾八つあり」は熔岩流が山の谷や沢を求めて合流あるいは分流するさまを暗示する。「またその身に蘿また檜榲生い」というのは熔岩流の表面の峨々たる起伏の形容とも見られなくはない。「その長さ谿八谷峡八尾をわたりて」は、そのままにして解・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・大小さまざまのが少なくも七つ八つは居るらしい。長い棒の付いたのはまだ外にも居た。中にはちょうど一本足の案山子に似たのもある。あるいは二本の長い棒を横たえた武士のようなのも居る。皆大概はじっとしているが、午頃には時々活動しているのを見受ける。・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・ 道太はこの子の踊りを見たことはなかったけれど、七八つ時分から知っていた。秋祭の時、廓に毎年屋台が出て、道太は父親につれられて、詰所の二階で見たことがあったが、お絹の母親は、新調の衣裳なぞ出して父に見せていたことなどもあった。今はもう四・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫