・・・ 勿論、演壇または青天井の下で山犬のように吠立って憲政擁護を叫ぶ熱弁、若くは建板に水を流すようにあるいは油紙に火を点けたようにペラペラ喋べり立てる達弁ではなかったが、丁度甲州流の戦法のように隙間なく槍の穂尖を揃えてジリジリと平押しに押寄・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・彼は家を追われた病犬のように惨めに生きていたというのだ。そして下宿へも帰れずに公園の中をうろついているとか、またはケチな一夜の歓楽を買おうなどと寒い夜更けに俥にも乗れずに歩いている時とか、そういったような時に、よくその亡霊に出会したというの・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・それでもまだ食べようとしないので、相手の食慾をそそろうとするように、その肉のきれのかどを、小さく食い切って、ぺちゃぺちゃと食べて見せました。それでも病犬は、じっとしたまま動きません。こちらの犬は、しかたなしに、こんどは肉のきれを、二、三尺う・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・陰鬱の冷括、吠えずして噛む一匹の病犬に化していた。一夜、三人の兵卒は、アグリパイナの枕頭にひっそり立った。一人は、死刑の宣告書を持ち、一人は、宝石ちりばめたる毒杯を、一人は短剣の鞘を払って。『何ごとぞ。』アグリパイナは、威厳を失わず、き・・・ 太宰治 「古典風」
・・・怠けものは、陸の動物にたとえれば、まず、歳とった病犬であろう。なりもふりもかまわず、四足をなげ出し、うす赤い腹をひくひく動かしながら、日向に一日じっとしている。ひとがその傍を通っても、吠えるどころか、薄目をあけて、うっとり見送り、また眼をつ・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・ 病犬を射殺するやや感傷的な場面がある。行きには人と犬との足跡のついた同じ道を帰りはただ人だけが帰ってくるのである。安価な感傷と評した人もあったがしかしそれがかなりな真実味をもって表現されている。殺す相談をして雪の中に立っている四人の姿・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・○急にみかんの匂いがする 平土間の席、○レーニングラードのN 濃いまつ毛が美しいかげりを与えるというより病犬のようなうるさい感じ。 「春のある冬」のため○「比較のない」ということが伸子をうれしさで一杯・・・ 宮本百合子 「無題(十三)」
出典:青空文庫