・・・銭乏しかりける時米の泉なほたらずけり歌をよみ文をつくりて売りありけども 彼が米代を儲け出す方法はこの歌によりてやや推すべし。ある日、多田氏の平生窟より人おこせ、おのが庵の壁の頽れかかれるをつくろはす来つる・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・されどもややあって正気に復し下の模様を見てあれば、いかにもその子は勢も増し、ただいたけなく悦んでいる如くなれども、親はかの実も自らは口にせなんじゃ、いよいよ餓えて倒れるようす、疾翔大力これを見て、はやこの上はこの身を以て親の餌食とならんもの・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・私が行ったとき、托児所の庭の青々と茂った夏の楡の樹の下にやや年かさの女が三つばかりの男の子を抱き、金髪の若々しい母親が白い服を着せた生れたばかりの赤児を抱いて、静かに談笑しながら休んでいた。話して見ると、何と愉快なことだろう。この二人の年齢・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・今のように特別に暑くなった時でなくても、執務時間がやや進んでから、便所に行った帰りに、廊下から這入ると、悪い烟草の匂と汗の香とで噎せるような心持がする。それでも冬になって、煖炉を焚いて、戸を締め切っている時よりは、夏のこの頃が迥かにましであ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・しかしややしばらくしてツァウォツキイは気が附いた。それは自分が後れたと云うことである。リンツマンの檀那はもう疾っくに金を製造所へ持って往って、職人に払ってしまっている。おまけに虚の財布を持って町へ帰っているのである。実に骨牌と云うものはとん・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ただ肉が肥えて腮にやわらかい段を立たせ、眉が美事で自然に顔を引き立たせたのでやや見どころがあるように見える。そのすこし前までは白菊を摺箔にした上衣を着ていたが、今はそれを脱いでただ蒲の薄綿が透いて見える葛の衣物ばかりでいる。 これと対い・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・「お前、酒桶からまくれ落って、土台もうわやや。お母に頼んでくれよ。おらんのか?」「好え加減にしとけ。」 秋三は立ち上った。「おい、頼む頼む。お母に一寸云うてくれったら。」 秋三はそのまま黙って柴を担ごうとすると、「お・・・ 横光利一 「南北」
・・・ やや時代の下るもののうち注目すべきは、『多胡辰敬家訓』である。これはたぶんシャビエルが日本へ渡来したころの前後に書かれたものであろう。多胡辰敬は尼子氏の部将で、石見の刺賀岩山城を守っていた人であるが、その祖先の多胡重俊は、将軍義満に仕・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫