・・・今に見ろ、大臣に言って遣るから。此間委員会の事を聞きに往ったとき、好くも幹事に聞けなんと云って返したな。こん度逢ったら往来へ撮み出して遣る。往来で逢ったら刀を抜かなけりゃならないようにして遣る。」 左隣の謡曲はまだ済まない。右の耳には此・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ ポルジイは暇を遣るとき握手して遣ることは出来なかった。それは自分の手が両方共塞がっていたからである。右には紙巻烟草を持っていた。左には鞭を持っていた。鞭を持っていたのは、慣れない為事で草臥れた跡で、一鞍乗って、それから身分相応の気晴ら・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・その音は、あらゆる人の世の言葉にも増して、遣る瀬ない悲しみを現わしたものである。私がGの絃で話せば、マリアナはEの絃で答える。絃の音が、断えては続き続いては消える時に、二人は立止まる。そして、じっと眼を見交わす。二人の眼には、露の玉が光って・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・噛み破ると透明な粘液の糸を引く。これも国を離れて以来再びめぐり逢わないものの一つである。 旧城のお濠の菱の実も今の自分には珍しいものになってしまった。あの、黒檀で彫刻した鬼の面とでも云ったような感じのする外殻を噛み破ると中には真白な果肉・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・従ってレコードは設定されず、設定されないレコードは「破る」こともできない、破れないレコードはいわゆるレコードではないのである。たとえば帽子の代わりにキャベツをかぶって銀座を散歩した男があるとすれば、これは確かにオリジナルな意匠としての記録に・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・収穫季の終が来て蛇が閉塞して畢うと鼠は蕎麦や籾の俵を食い破る。それでも猫は飼わなかった。太十が犬だけは自分で世話をした。壊れた箱へ藁しびを入れてそれを囲炉裏の側へ置いてやった。子犬はそれへくるまって寝た。霜の白い朝彼は起きて屹度犬の箱を覗く・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・博士問題に関して突然余の手元に届いた一封の書翰は、実にこの隠者が二十余年来の無音を破る価ありと信じて、とくに余のために認めてくれたものと見える。 下 手紙には日常の談話と異ならない程度の平易な英語で、真率に余の学・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ 諸君がもし、国家のためだから、この苦痛を甘んじても遣るといわれるなら、まことに敬服である。その代り何処が国家のためだか、明かに諸君の立脚地をわれらに誨えられる義務が出て来るだろうと考える。 政府が国家的事業の一端として、保護奨励を・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・其うち松山中の俳句を遣る門下生が集まって来る。僕が学校から帰って見ると、毎日のように多勢来て居る。僕は本を読む事もどうすることも出来ん。尤も当時はあまり本を読む方でも無かったが、兎に角自分の時間というものが無いのだから、止むを得ず俳句を作っ・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・また遣る気もありませんでした。ただ今私を御紹介下さった速水君は知人であります。昔は御弟子で今は友達――いや友達以上の偉い人であります。しかし、知り合ではありますけれども、速水さんから頼まれた訳でもありません。今度私が此処に現われたのは安倍能・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
出典:青空文庫