・・・次は二人の消防夫が屋根から墜落。勇敢なクジマ、今までに四十人の生命を助け十回も屋根からころがり落ちた札付きのクジマのおやじが屋根裏の窓から一匹のかわいい三毛の子ねこを助け出す。その次はクジマがポケットへ子ねこをねじ込んだままで、今にも焼け落・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・あらゆる民族の中の勇敢な進取的な連中が自然に寄り集まってできた国だとすれば、日本は世界じゅうでいちばんえらい国でなければならないはずである。 それは疑問としてもその上にまだ山川風土でありとあらゆる多様のタイプを具備している。実際千島カラ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・しかし「勇敢」では少しぐあいが悪い。また一方で Barbarossa が「赤ひげ」であるのも不思議である。(Ar.)gharib, ghurab「異常」は喉音のgをとると「わらふ」にも似てるし、hをbに変えると「べらぼう」のほうに近づく・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・ もしもその日の夕刊に、吉祥寺か染井の墓地である犯罪の行われた記事が出たとしたら、探偵でない自分は、少なくも一つの月並みな探偵小説を心に描いて、これに「玉虫」と題したかもしれない。 アルコールを飲んだ玉虫はとうとう生き返らなかった。・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・前夜の夕刊に青森県大鰐の婚礼の奇風を紹介した写真があって、それに紋付き羽織袴の男装をした婦人が酒樽に付き添って嫁入り行列の先頭に立っている珍妙な姿が写っている。これが自分の和服礼装に変相し、婚礼が法事に翻訳されたのかもしれない。紫色の服を着・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・同時に反応的にまたこれらの機関の発達を刺激していることも事実であろうが、とにかく高速度印刷と高速度運搬の可能になった結果としてその日の昼ごろまでの出来事を夕刊に、夜中までの事件を朝刊にして万人の玄関に送り届けるということが可能になった、この・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・ 幕があくと舞台は銀座街頭の場面だそうで、とあるバーの前に似顔絵かきと靴磨き二人と夕刊売りの少女が居る。その少女が先刻のバスの少女であるが、ここでは年齢が急に五つか六つ若くなっている。その靴磨きのルンペンの一人がすなわち休憩室の飾り物を・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・そしてその日の夕刊に淀橋近くの水道の溝渠がくずれて付近が洪水のようになり、そのために東京全市が断水に会う恐れがあるので、今大急ぎで応急工事をやっているという記事が出た。 偶然その日の夕飯の膳で私たちはエレベーターの話をしていた。あれをつ・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・それだから、記者が列席もしないのに列席したような顔をして書いても少しも不都合はない、午後に行なわれる儀式に関する原稿をその午前に書いて夕刊に出す。それで大臣がさしつかえができて出席しなくても記事にはちゃんと列席して式辞を読んだことになるので・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・而シテ園中桜樹躑躅最多ク、亦自ラ遊観行楽ノ一地タリ。祠前ノ通衢、八重垣町須賀町、是ヲ狭斜ノ叢トナス。此地ノ狭斜ハ天保以前嘗テ一タビ之ヲ開ク。未ダ幾クナラズシテ官新令ヲ下シ、命ジテ之ヲ徹シ去ル。安政中北里災ニ罹リ一時仮館ヲ此ニ設ク。明治ノ初年・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫