・・・という恐怖が目覚めて、大いそぎで涙を拭く彼女は、激情の緩和された後の疲れた平穏さと、まだ何処にか遺っている苦しくない程度の憂鬱に浸って、優雅な蒼白い光りに包まれながら、無限の韻律に顫える万物の神秘に、過ぎ去った夢の影を追うのであった。・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・彼と話すこと、遊ぶこと、笑うこと、それ等は十九歳になろうとするアグネスの外見は粗野で傍若無人のような胸の底につよい憧れとなっている美、優雅、恋の感情にやさしく一致する。自然アグネスはひきつけられずにいられないのであるが、彼女には判らない。「・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・を読んだ人は、その昔騎士道が栄え優雅な感情を誇ったと云われているフランスでも、「女の一生」はあんまり日本の無数の女の一生と同じなのに驚くだろう。トルストイは「結婚の幸福」その他で結婚生活の無目的性と生物的な本質を、きびしい自分への批評をこめ・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ 作品に漂う独特な優雅や敏感、または、人類の理想的生活に対する憧憬、現実に対する批判、永遠に達せんとする叡智等も、皆、ここに還るべき故国を持っているのではございますまいか。maternal tenderness という概念は普遍的である・・・ 宮本百合子 「野上彌生子様へ」
・・・ 頻繁で噪々しい笑いの持ち主、その頃流行の優雅な身のこなしとはまるで逆にずんぐり太ってさながら「愉快な野猪」めいた農民出のバルザックが、仰々しい貴族まがいの身なりに伊達者ぶって、例のトルコ玉を鏤めた杖をつきつつ、ダブランテス公夫人やカス・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・然し、何か追想とか、思いとか云う、優雅な、同時に或距離を持った言葉では云い表わされない力をもったものである。 丁度、二人がしっくりと抱き合って暮す時の感じを、全体的な、ホールサムな満ち足りた生存だとすると、数千哩互を隔てられた彼女自身の・・・ 宮本百合子 「無題(三)」
・・・年月のたった今あの写真の印象を思いおこして見るとあの一葉の少女の像には当時の日本の知識階級人の一般の趣向を遙にぬいた御両親の和洋趣味の優雅な花が咲いていたのだと思われる。 森さんの旧邸は今元の裏が表口になっていて、古めかしい四角なランプ・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・父は自分から興にのってそれを云ったのだけれど、当の若い客の方は、いかにも長上に対する儀礼的な身のこなしで片足を引きつけるようにして、無言のまま軽く優雅に頭を下げることでその冗談に答えた。 些細な場面であるが、ふだんそういう情景から離れて・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・すると、お菓子のような将校は、いとも優雅にそのハンカチーフを拾って――どうぞ――とフランス語で云いながら渡してくれた。 いよいよメーデーの朝になった。 くたびれていたので、目が覚めたのは九時すぎだった。びっくりしてベッドの上へ起き上・・・ 宮本百合子 「ワルシャワのメーデー」
出典:青空文庫