・・・これは夜電燈の光をあてて見ると、もっとよくあざやかに見えます。夕食のお膳の上でもやれますからよく見てごらんなさい。それもお湯がなるべく熱いほど模様がはっきりします。 次に、茶わんのお湯がだんだんに冷えるのは、湯の表面の茶わんの周囲から熱・・・ 寺田寅彦 「茶わんの湯」
・・・それに比例して子供らの興味も増して行った。夕食のあとなどには庭のあちらこちらに伏兵のようにかくれていて、うっかり出て来る子猫を追い回してつかまえようとしていたが、もうおとなにでもつかまりそうでなかった。あまりに募る迫害に恐れたのか、それとも・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・例により夜会服姿の黒奴に扮した舞踊などもあったが、西洋人ばかりの観客の中に交じった我々少数の有色人種日本人には、こうしたニグロの踊りは決して愉快なものではなかった。 パリの下宿はオペラの近くであって、自分の借りていた部屋の窓から首を出し・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・暗い処に数十日をぶち込まれた筈の彼等の、顔色の何処にそんな憂色があるか! 欣然と、恰も、凱旋した兵卒のようではないか! ……迎えるものも、迎えらるるものも、この晴れ晴れした哄笑はどうだ 暖かい、冬の朝暾を映して、若い力の裡に動いている何・・・ 徳永直 「眼」
・・・余り帰りが遅くなるので、秋山の長屋でも、小林の長屋でも、チャンと一緒に食う筈になっている、待ち切れない夕食を愈々待ち切れなくなった、餓鬼たちが騒ぎ出した。「そんなに云うんだったら、帳場に行ってチャンを連れて来い」 と女房たちが子供に・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・それにしても、もう夕食になろうとするのに、何だって今日は面会を許すんだろう。 私は堪らなく待ち遠しくなった。 足は痛みを覚えた。 一舎の方でも盛んに騒いでいる。監獄も始末がつかなくなったんだ。たしかに出さなかったことは監獄の失敗・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ さっきから台所でことことやっていた二十ばかりの眼の大きな女がきまり悪そうに夕食を運んで来た。その剥げた薄い膳には干した川魚を煮た椀と幾片かの酸えた塩漬けの胡瓜を載せていた。二人はかわるがわる黙って茶椀を替えた。膳が下げられて疲れ切・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ 正餐をやすくしてみんなが食べられるようにし、夕食は一品ずつの注文で高くしたのはソヴェトらしく合理的だ。 Yはヴャトカへ着いたら名物の煙草いれを買うんだと、がんばっている。 車室は暖い。疲れが出て、日本へ向って走っているのではなく、・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・同時に、一人の子供をピオニイルにしようとし、なし得たことによって得た経験が、亀のチャーリーの心持をプロレタリアとして、またアメリカ帝国主義の下で有色人種労働者として二重の搾取と抑圧とに闘っている日本人移民労働者としてのチャーリーの心持をどの・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・野生の野菊の純白な花、紫のイリス、祖母と二人、早い夕食の膳に向っていると、六月の自然が魂までとけて流れ込んで来る。私はうれしいような悲しいような――いわばセンチメンタルな心持になる。祖母は八十四だ。女中はたった十六の田舎の小娘だ。たれに向っ・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
出典:青空文庫