・・・葛西金町を中心としての野戦の如き、彼我の五、六の大将が頻りに一騎打の勇戦をしているが、上杉・長尾・千葉・滸我らを合すればかなりな兵数になる軍勢は一体何をしていたのか、喊の声さえ挙げていないようだ。その頃はモウかなり戦術が開けて来たのだが、大・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・が、私はそれよりも、沖に碇泊した内国通いの郵船がけたたましい汽笛を鳴らして、淡い煙を残しながらだんだん遠ざかって行くのを見やって、ああ、自分もあの船に乗ったら、明後日あたりはもう故郷の土を踏んでいるのだと思うと、意気地なく涙が零れた。海から・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 海には遊船はもとより、何の舟も見渡す限り見えないようになっていました。吉はぐいぐいと漕いで行く。余り晩くまでやっていたから、まずい潮になって来た。それを江戸の方に向って漕いで行く。そうして段やって来ると、陸はもう暗くなって江戸の方遥に・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・しかし花があり月があっても、夜景を称する遊船などは無いではないが余り多くない。屋根船屋形船は宵の中のもので、しかも左様いう船でも仕立てようという人は春でも秋でも花でも月でもかまうことは無い、酒だ妓だ花牌だみえだと魂を使われて居る手合が多いの・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・ この二十世紀の巧妙な有線電信機の生命となっている同時調節の応用も、その根本原理においては前記の古代ギリシアの二千何百年前の無線光波通信機の原理と少しも変ったことはないのである。 写真電送機械の機構にもやはり同様な原理が応用されてい・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・ 場所ばかりではない、時間のうえでも先生の態度はまったく普通の人と違っている。郵船会社の汽船は半分荷物船だから船足がおそいのに、なぜそれをえらんだのかと私が聞いたら、先生はいくら長く海の中に浮いていても苦にはならない、それよりも日本から・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・団体さえ組めば何でも優先権をとれる、という昔とはちがった世渡り上手のこつを会得させることでもないと思う。団体行動の流行は、一人一人の人間としての向上に細かい目を向けないで、ただそこへくっついていさえすればいいのだからという逃避の無責任さを、・・・ 宮本百合子 「女の行進」
・・・彼はどういうモメントで、あえて冴えた彼の刃をこぼす勇戦を示すであろうか。これらのすべてが研究されなければならない。 民主戦線ではその広さと、そこに包括される社会活動の部面が多様であるにかかわらず、他の一面ではこれまで社会各層がもたなかっ・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ あの八月九日の夜、新京から真先に遁走を開始した関東軍とその家族とは、三人の子をつれて徒歩でステーションに向う著者にトラックの砂塵をあびせ、列車に優先してのりこみ、ときには飛行機をとばして行方のわからない高官の家族の所在をさがさせまでし・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・早速、郵船を見ると、どうもガタガタに外がいたんで居るし、内外はピシャンコになって居るし、もう警視庁うらに火が出たし、あぶないと思って、事ム所を裏から大丈夫と知り東京ステーションで Taxi をやとおうとするともう一台もない。しかたがないので・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
出典:青空文庫