・・・この年、父が事務的な用向をもってニューヨークへ赴き、二十歳ばかりの私も伴われた。郵船の伏見丸。左側に献立を印刷し、右手に松と二羽の丹頂鶴の絵を出した封緘にこのたよりはかかれている。裏の航路図に、インクであらましの船位がしるしてある。・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・ 日露戦争に参加して、斥候に出て捕虜になった在郷軍人は、東京の家の書生の兄弟で、いい機嫌で、その時勇戦奮闘した様子を手まねまでして話した。 沙河附近の戦の時だったそうで、「そりゃあ、貴方様、見事に働きましたぞえ、そんじゃから・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・大正九年の大パニックで破産したのは郵船の株主ではなかった。米一升が五十銭を突破して米騒動がおこった。やっぱりこまったのは民衆であった。 ヨーロッパにおこった第二次大戦の過程のすきをくぐって、満州、中国、南方までのきりとりをたくらんだ結果・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・中国に対する諸外国人の抱いている優先の偏見に向って、中国民衆のハートをひらいて見せ、そこにある声の響きをつたえようとしているのである。「大地」からはじまる王家三代の物語の最後は、アメリカで教育を受けつつ民族的矜持を失うことのなかった中国・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
出典:青空文庫