・・・こゝに童話文学の発生がある所以だ。この殆んど神秘的な説明し難い感情こそ、土と人との連結でもあるのだ。 どこの村落にせよ、まだ、あまり都会的害毒に侵されざるかぎり、また、彼等が土を耕している人間であるかぎり、自然発生的に、その村に結ばれた・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・ 芸術家として偉大なる所以は、是等の人間性の強さと深さとの問題であります。言い換えれば人間愛に対してどれ程までに其の作家が誠実であり、美に対してどれ程までに敏感であり、正義に対してどれ程までに勇敢に戦うかということにある。 事件の異・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・窓は閉めて、空気の通う所といっては階子の上り口のみであるから、ランプの油煙や、人の匂や、変に生暖い悪臭い蒸れた気がムーッと来る。薄暗い二間には、襤褸布団に裹って十人近くも寝ているようだ。まだ睡つかぬ者は、頭を挙げて新入の私を訝しそうに眺めた・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・京都弁はまるで美術工芸品のように美しいが、私にとっては大して魅力がない所以だ。 京都弁は誰が書いても同じ紋切型だと言ったが、しかし、大阪弁も下手な作家や、大阪弁を余り知らない作家が書くと、やはり同じ紋切型になってしまって、うんざりさ・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・である中年女と彼自身の理論から出たらしいある種の情事関係を作ったり、怪しげな喫茶店の女給から小銭をまきあげたり、友達にたかったりするばかりか、授業料値下げすべしというビラをまくことを以て、主義に忠実な所以だとしている阿呆であった。 この・・・ 織田作之助 「髪」
・・・もちろんこれは君の性分にもよるだろう、しかしそれはどちらでもいい、ともかく一心専念にやっているという事が僕は君の今日成功している所以だと信ずる、成功とも! 教育家としてこの上の成功はないサ。父兄からは十二分の信用と尊敬とを得て何か込み入った・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ そもそもまたかく祈る所以の者は、自然は決して彼を愛せし者に背かざりしをわれ知ればなり。われらの生涯を通じて歓喜より歓喜へと導くは彼の特権なるを知ればなり。彼より享くる所の静と、美と、高の感化は、世の毒舌、妄断、嘲罵、軽蔑をしてわれらを・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ かんてらから黒い油煙が立っている、その間を村の者町の者十数人駈け廻わってわめいている。いろいろの野菜が彼方此方に積んで並べてある。これが小さな野菜市、小さな糶売場である。 日が暮れるとすぐ寝てしまう家があるかと思うと夜の二時ごろま・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・それどころか自分の社会革新の思想の正しい所以を合理的に根拠づけんとするやみがたい要求から自ら倫理学を発表さえもしている。アナーキストとして有名なクロポトキンには著書『倫理学』があり、マルクス主義運動家時代のカウツキーにさえ『倫理学と唯物史観・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 学生時代に女性侮蔑のリアリズムを衒うが如きは、鋭敏に似て実は上すべりであり、決して大成する所以ではないのである。すべてを順直にということが青年のモットーでなければならぬ。ませた青年になろうとするな。大きく、稚なく、純熱であれ。それがや・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫