・・・たとえばやっと歩き始めた子ねこが、足を踏みしめて立とうとする時に全身がゆらゆら揺れ動くのもこれと似たところがある。そういう断続的の緊張弛緩の交代が、生理的に「笑い」の現象と密接な類似をもっている。従って笑いによく似た心持ちを誘発し、それがほ・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・河原からはもうかげろうがゆらゆら立って向うの水などは何だか風のように見えた。河原で分れて二時頃うちへ帰った。そして晩まで垣根を結って手伝った。あしたはやすみだ。四月三日 今日はいい付けられて一日古い桑の根掘りをしたので大・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・そして八月のなかばになると、オリザの株はみんなそろって穂を出し、その穂の一枝ごとに小さな白い花が咲き、花はだんだん水いろの籾にかわって、風にゆらゆら波をたてるようになりました。主人はもう得意の絶頂でした。来る人ごとに、「なんの、おれも、・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・雪狼は起きあがって大きく口をあき、その口からは青い焔がゆらゆらと燃えました。「さあ、おまえたちはぼくについておいで。夜があけたから、あの子どもを起さなけあいけない。」 雪童子は走って、あの昨日の子供の埋まっているとこへ行きました。・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・〕光が網になってゆらゆらする。みんなの足並。小松の密林。「釜淵だら俺ぁ前になんぼがえりも見だ。それでも今日も来た。」うしろで云っている。あの顔の赤い、そしていつでも少し眼が血走ってどうかすると泣いているように見える、あの生徒だ。・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・というように、そこらいちめん、ゆらゆらのぼっているのです。 タネリはとうとう、叩いた蔓を一束もって、口でもにちゃにちゃ噛みながら、そっちの方へ飛びだしました。「森へは、はいって行くんでないぞ。ながねの下で、白樺の皮、剥いで来よ。」う・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・という間もなくもう赤い眼の蠍星が向うから二つの大きな鋏をゆらゆら動かし長い尾をカラカラ引いてやって来るのです。その音はしずかな天の野原中にひびきました。 大烏はもう怒ってぶるぶる顫えて今にも飛びかかりそうです。双子の星は一生けん命手まね・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・その真中をのぞくと、いつもその中心にボルティーコフの強情な骨だらけの肩がゆらゆら揺れていないことはないのだ――。第一、婦人労働者がこんなに働いているところで、彼みたいな男を放任して置くことは、もう女たちに辛棒出来なくなって来た。 工場ク・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 或るカイタイ会社が北海道のどこかで暗礁にのりあげて三年の間ゆらゆらしていた五千トンの船を二万円で買った。ドックに入れて、四十万かけて底をはりかえた。そして、二十万円に売った。 ドック料が一日五千円ばかりで、ドック側から云えば、なる・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・岩や石の間には、夢のような苔や蘭の花が咲き満ちて、糸のように流れて行く水からは、すがすがしい香りが漂い、ゆらゆらと揺れる水草の根元を、針のように光る小魚が、嬉しそうに踊って行きます。 海にある通りの珊瑚が、碧い水底に立派な宮殿を作り、そ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫