・・・ 賢造は返事を予期するように、ちらりと洋一の顔を眺めた。が、洋一は黙っていた。兄が今日帰るか帰らないか、――と云うより一体帰るかどうか、彼には今も兄の意志が、どうも不確かでならないのだった。「それとも明日の朝になるか?」 今度は・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・尤も実際口へ入れて見たら、予期通り一杯やれるかどうか、その辺は頗る疑問である。多分はいくら香料をかけても、揉み上げにしみこんだ煙草の匂は羊肉の匂のようにぷんと来るであろう。いざ子ども利鎌とりもち宇野麻呂が揉み上げ草を刈りて馬飼へ・・・ 芥川竜之介 「格さんと食慾」
・・・ ただし蟄眠期を終わった僕がどれだけ新しい生活に対してゆくことができるか、あるいはある予期をもって進められる生活が、その予期を思ったとおりに成就してくれるか、それらの点に行くとさらに見当がつかない。これらについても十分の研究なり覚悟なり・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ この時フレンチは全く予期していない事を見て、気の狂う程の恐怖が自分の脳髄の中に満ちた。動かないように、椅子に螺釘留にしてある、金属のの上に、ちくちくと閃く、青い焔が見えて、の縁の所から細い筋の烟が立ち升って、肉の焦げる、なんとも言えな・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・けだしその論理は我々の父兄の手にある間はその国家を保護し、発達さする最重要の武器なるにかかわらず、一度我々青年の手に移されるに及んで、まったく何人も予期しなかった結論に到達しているのである。「国家は強大でなければならぬ。我々はそれを阻害すべ・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 私はハッとした。予期した事が実現されたようでもあるし、自分の疑心で迎えてU氏の言葉を聞違えたようにも思って、「ホントウですか、」と反問すると、「ホントウとも、ホントウとも、」とU氏は早口に点頭いて、「ホントウだから困ってしまった。・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・戦争を予期しても日本が大勝利を得て一躍世界の列強に伍すようになると想像したものは一人も無かった。それを反対にいつかは列強の餌食となって日本全国が焦土となると想像したものは頗る多かった。内地雑居となった暁は向う三軒両隣が尽く欧米人となって土地・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・決闘の結果は予期とは相違していましたが、兎に角わたくしは自分の恋愛を相手に渡すのに、身を屈めて、余儀なくせられて渡すのではなく、名誉を以て渡そうとしたのだというだけの誇を持っています。」「どうぞ聖者の毫光を御尊敬なさると同じお心持で、勝・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・する米人の態度を見、また印度の殖民地に於ける英人の政策を熟視して、彼等が真に人類を愛する信念の何れ程迄に真実であるかを疑わなければならないが、そして、このたびの軍備縮小などというが如き、其の実、戦争を予期しての企てに対して、却って、其の正義・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・そして、新理想に輝く、社会建設の道へ、強い、真理と正義心との握手から、男女共同の事業に行くべきことが予期されている。 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
出典:青空文庫