・・・すぐに、くるりと腹を見せて、葉裏を潜ってひょいと攀じると、また一羽が、おなじように塀の上からトンと下りる。下りると、すっと枝に撓って、ぶら下るかと思うと、飜然と伝う。また一羽が待兼ねてトンと下りる。一株の萩を、五、六羽で、ゆさゆさ揺って、盛・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・――一度この鐘楼に上ったのであったが、攀じるに急だし、汗には且つなる、地内はいずれ仏神の垂跡に面して身がしまる。 旅のつかれも、ともに、吻と一息したのが、いま清水に向った大根畑の縁であった。 ……遅めの午飯に、――潟で漁れる――わか・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・「なるほど……赤坊の手を捩るようなものだから放っておいたんだが、この頃メキメキ高度になって来たじゃないですか、え? こんなに高度になっては放っても置けない、え? そうでしょう?」 四月号の時評だの、投書だののあっちこっちに赤線が引っ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・丁度その刹那、上体を少し捩るような姿勢で歩いていた千鶴子が、唇を何とも云えぬ表情で笑うとも歪めるともつかず引き上げた。千鶴子は勿論はる子がそこにいることは知らない。が、それは特徴ある表情で、見覚えがあるとともにはる子の出かけた声を何故か引こ・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
出典:青空文庫