・・・あとに残っているのは、一切の誤解に対する反感と、その誤解を予想しなかった彼自身の愚に対する反感とが、うすら寒く影をひろげているばかりである。彼の復讐の挙も、彼の同志も、最後にまた彼自身も、多分このまま、勝手な賞讃の声と共に、後代まで伝えられ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 保吉の予想の誤らなかった証拠はこの対話のここに載ったことである。 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・が、こう云う場合には粟野さんに対する礼儀上、当惑の風を装うことに全力を尽したのも事実である。粟野さんはいつも易やすと彼の疑問を解決した。しかし余り無造作に解決出来る場合だけは、――保吉は未だにはっきりと一思案を装った粟野さんの偽善的態度を覚・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・そしてかかる経済生活を打却することによってのみ、正しい文化すなわち人間の交渉が精神的に成り立ちうる世界を成就するだろうことを予想しているように見える。結局彼は人間の精神的要求が完全し満足される環境を、物質価値の内容、配当、および使用の更正に・・・ 有島武郎 「想片」
・・・こういう心事をもって、私はみずからを第一の種類の芸術家らしく装うことはできない。装うことができないとすれば、勢い「宣言一つ」で発表したようなことを言わねばならぬのは自然なことである。「宣言一つ」には、できるだけ平面的にものを言ったつもりだが・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・それにしてもより稀薄に支配階級の血を伝えた私生児中にかかる気勢が見えはじめたことは、大勢の赴くところを予想せしめるではないか。すなわち私生児の供給がやや邪魔になりかかりつつあるのを語っているのではないか。この実状を眼前にしながら、クロポトキ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・それから水々しく青葉に埋もれてゆく夏、東京あたりと変らない昼間の暑さ、眼を細めたい程涼しく暮れて行く夜、晴れ日の長い華やかな小春、樹は一つ/\に自分自身の色彩を以てその枝を装う小春。それは山といわず野といわず北国の天地を悲壮な熱情の舞台にす・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・飽きたり、不満足になったりする時を予想して何にもせずにいる位なら、生れて来なかった方が余っ程可いや。生れた者はきっと死ぬんだから。A 笑わせるない。B 笑ってもいないじゃないか。A 可笑しくもない。B 笑うさ。可笑しくなくっ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 今日我々のうち誰でもまず心を鎮めて、かの強権と我々自身との関係を考えてみるならば、かならずそこに予想外に大きい疎隔の横たわっていることを発見して驚くに違いない。じつにかの日本のすべての女子が、明治新社会の形成をまったく男子の手に委ねた・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 僕は頗る勇気を鼓し殊に平気な風を装うて門を這入った。家の人達は今夕飯最中で盛んに話が湧いているらしい。庭場の雨戸は未だ開いたなりに月が軒口までさし込んでいる。僕が咳払を一ツやって庭場へ這入ると、台所の話はにわかに止んでしまった。民子は・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
出典:青空文庫