・・・…… 年増分が先へ立ったが、いずれも日蔭を便るので、捩れた洗濯もののように、その濡れるほどの汗に、裾も振もよれよれになりながら、妙に一列に列を造った体は、率いるものがあって、一からげに、縄尻でも取っていそうで、浅間しいまであわれに見える・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・「お前さん、その三尺は、大層色気があるけれど、余りよれよれになったじゃないか、ついでだからちょいとこの端へはっておいて上げましょう。」「何こんなものを。」 とあとへ退り、「いまに解きます繻子の帯……」 奴は聞き覚えの節に・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 御柱を低く覗いて、映画か、芝居のまねきの旗の、手拭の汚れたように、渋茶と、藍と、あわれ鰒、小松魚ほどの元気もなく、棹によれよれに見えるのも、もの寂しい。 前へ立った漁夫の肩が、石段を一歩出て、後のが脚を上げ、真中の大魚の鰓が、端を・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ぎしぎしと音がして、青黄色に膨れた、投機家が、豚を一匹、まるで吸った蛭のように、ずどうんと腰で摺り、欄干に、よれよれの兵児帯をしめつけたのを力綱に縋って、ぶら下がるように楫を取って下りて来る。脚気がむくみ上って、もう歩けない。 小児のつ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・手織縞のごつごつした布子に、よれよれの半襟で、唐縮緬の帯を不状に鳩胸に高くしめて、髪はつい通りの束髪に結っている。 これを更めて見て客は気がついた。先刻も一度そのを大声で称えて、裾短な脛を太く、臀を振って、ひょいと踊るように次の室の入口・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・雑鬧を押しわけてやってきた――その姿はよれよれの国民服で、風呂敷包を持っていました。「午後五時五十三分、天王寺西門の鳥居の真西に太陽が沈まんとする瞬間」と新聞はあとで書きましたが、十分過ぎでした。立ち話もそんな場所ではできず、前から部屋を頼・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 思わず、君、失礼だけれどこれを電車賃にしたまえと、よれよれの五十銭銭を男の手に握らせた。けっしてそれはあり余る金ではなかったが、惻隠の情はまだ温く尾をひいていたのだ。男はぺこぺこ頭を下げ、立ち去った。すりきれた草履の足音もない哀れな後・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・乱れ放題、汚れ放題、伸び放題に任せているらしく、耳がかくれるくらいぼうぼうとしている。よれよれの着物の襟を胸まではだけているので、蘚苔のようにべったりと溜った垢がまる見えである。不精者らしいことは、その大きく突き出た顎のじじむさいひげが物語・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 寿子はあわててヴァイオリンをピアノの上に置くと、隣の部屋へかけ込んで、汗だらけのシュミーズの上に、よれよれの、しかし花模様のついたワンピースを着た。二 上本町七丁目の停留所から、西へ折れる坂道を登り詰めると、生国魂の表・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・博士は、よれよれの浴衣に、帯を胸高にしめ、そうして帯の結び目を長くうしろに、垂れさげて、まるで鼠の尻尾のよう、いかにもお気の毒の風采でございます。それに博士は、ひどい汗かきなのに、今夜は、ハンカチを忘れて出て来たので、いっそう惨めなことにな・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫