・・・美しい毛氈がいつでも敷いてあって、欄間に木彫の竜の眼が光っていた。 いつか信さんの部屋へ遊びに行った時、見馴れぬ絵の額がかかっていた。何だと聞いたら油画だと云った。その頃田舎では石版刷の油画は珍しかったので、西洋画と云えば学校の臨画帖よ・・・ 寺田寅彦 「森の絵」
・・・ がたんがたんと、戸、障子、欄間の張紙が動く。縁先の植込みに、淋しい風の音が、水でも打ちあけるように、突然聞えて突然に断える。学校へ行く時、母上が襟巻をなさいとて、箪笥の曳出しを引開けた。冷えた広い座敷の空気に、樟脳の匂が身に浸渡るよう・・・ 永井荷風 「狐」
・・・「紅雨の最も感動したのは、かの説明者が一々に勿体つける欄間の彫刻や襖の絵画や金箔の張天井の如き部分的の装飾ではなくて、霊廟と名付けられた建築とそれを廻る平地全体の構造配置の法式であった。先ず彎曲した屋根を戴き、装飾の多い扉の左右・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・ そんなことを話し合って監房の金網から左手の欄間を見上げると、欅は若葉で底光る梅雨空に重く、緑色を垂らしている。―― ズーッと入って行って横顔を見、自分はおやと目を瞠った。いつかの地下鉄の娘さんの父親がやって来ている。「そう・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・そのあおり、東の表の欄間はすっかり形つなぎの硝子。こっちからなかなか風が入る。 ○線路が見える。 黄色い羽形の上についた信号燈の色 赤、青○こわれた電燈カサが床の間の隅っこにいつからか置いてある。○大雨 急行が・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
・・・トインビーの等身大肖像画が壁にかかり大きなロンドン市紋章が樫の渋い腰羽目に向ってきわめて英国風にエナメルの紅と金を輝やかせつつ欄間にかかっている。タイムス。デイリー・メイル。デイリー・ミラア。新聞の散った小テーブルがゴシック窓の前にあって―・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫