・・・もっとも肺病薬にしろ、もっと良い新薬が出て来たし、それに世間も悧巧になるし、あれやこれやで、これまで手をひろげた無理がたたったのだ。 派手な新聞広告が出来なくなると、お前の名も世間では殆んど忘れてしまった――というほどでなくとも、たしか・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・言えば何かと話がもつれて面倒だとさすがに利口な柳吉は、位牌さえ蝶子の前では拝まなかった。蝶子は毎朝花をかえたりして、一分の隙もなく振舞った。 二年経つと、貯金が三百円を少し超えた。蝶子は芸者時代のことを思い出し、あれはもう全部払うて・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・そして小面倒な家族関係で揉まれていたら、今ごろはもう少し人間が悧巧になっていたかと思うけれど、何しろのっぽう一方で暮してきたんだから自分ながら始末にいけない。そこへ行くと惣治の方は俺と較べてよほど悧巧だ。あれはどんなに酔払っても俺にもそんな・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ところが先生僕と比較すると初から利口であったねエ、二月ばかりも辛棒していたろうか、或日こんな馬鹿気たことは断然止うという動議を提出した、その議論は何も自からこんな思をして隠者になる必要はない自然と戦うよりか寧ろ世間と格闘しようじゃアないか、・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・美しくて、常識があって、利口に立ち働けそうな娘を好むならその青年の人物はそういうものなのだ。無造作で、精神的で、ささげる心の濃い娘を好むなら、そうした品性の青年なのだ。知性があって、質素で社会心のある娘を好むなら、そうした志向が青年にあるの・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・そうでないとどんなに利口で、才能があり、美しくても何か足りない。しかも一番深いものが足りない。また普通にいって品行正しい、慈愛深いというだけでもやはりいま一息である。その正しいとか、いつくしみとかいうものが信仰の火で練られて、柔くなり、角が・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・と、利口に云廻して指をついて礼をすると、主人も同時に軽く頭を下げて挨拶した。 すると「にッたり」は「にッたり」で無くなった。俄に強く衝き動かされて、ぐらぐらとなったように見えたが、憤怒と悲みとが交り合って、ただ一ツの真面目さになった・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・思い出に生きるか、いまのこの刹那に身をゆだねるか、それとも、――将来の希望とやらに生きるか、案外、そんなところから人間の馬鹿と悧巧のちがいが、できて来るのかも知れない。」「あなたは、ばかなの?」「およしよ、K。ばかも悧巧もない。僕た・・・ 太宰治 「秋風記」
小説と云うものは、本来、女子供の読むもので、いわゆる利口な大人が目の色を変えて読み、しかもその読後感を卓を叩いて論じ合うと云うような性質のものではないのであります。小説を読んで、襟を正しただの、頭を下げただのと云っている人・・・ 太宰治 「小説の面白さ」
・・・文学に縁の無い、画家、彫刻家たちも、ときたま新聞に出る私の作品への罵言を、そのまま気軽に信じて、利口そうに、苦笑しているくらいのところであろう。私は、被害妄想狂では無いのである。決して、ことさらに、僻んで考えているのでは無いのである。事実は・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
出典:青空文庫