・・・で、いずれの方面からも許されて、その旦那の紳士ばかりは、猟期、禁制の、時と、場所を問わず、学問のためとして、任意に、得意の猟銃の打金をカチンと打ち、生きた的に向って、ピタリと照準する事が出来る。 時に、その年は、獲ものでなしに、巣の白鷺・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 銑吉は、少からず、猟奇の心に駆られたのである。 同時にお誓がうつくしき鳥と、おなじ境遇に置かるるもののように、衝と胸を打たれて、ぞっとした。その時、小枝が揺れて、卯の花が、しろじろと、細く白い手のように、銑吉の膝に縋った。昭和・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 猟期は過ぎている。まさか、子供を使って、洋刀や空気銃の宣伝をするのではあるまい。 いずれ仔細があるであろう。 ロイドめがねの黒い柄を、耳の尖に、?のように、振向いて運転手が、「どちらですか。」「ええ処で降りるんじゃ。」・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・高崎あたりで眠りだしたが、急にぞっとする涼気に、眼をさました。碓氷峠にさしかかっている。白樺の林が月明かりに見えた。すすきの穂が車窓にすれすれに、そしてわれもこうの花も咲いていた。青味がちな月明りはまるで夜明けかと思うくらいであった。しかし・・・ 織田作之助 「秋の暈」
一 影なき男 一種の探偵映画である。しかしこの映画のおもしろみはストーリーの猟奇的な探偵趣味よりもむしろウィリアム・パウェルという男とマーナ・ロイという女とこの二人の俳優の特異なパーソナリティの組み合わせと、その二人で代表された・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・というのは破壊的な乱暴者でもなければ、無意味に変態な病的のものを求める猟奇者でもないことは勿論である。現在の「きたない絵」を描く人達は古い伝統を離れようとして新しい伝統の穴に陥って藻掻いているようである。むしろ、あらゆる伝統を深く掘り下げ、・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・隠士が心を込むる草の香りも、煮えたる頭には一点の涼気を吹かず。……」「枕辺にわれあらば」と少女は思う。「一夜の後たぎりたる脳の漸く平らぎて、静かなる昔の影のちらちらと心に映る頃、ランスロットはわれに去れという。心許さぬ隠士は去るなと・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・二十四時間を、八時間から九時間以上職場にしばられ、千八百円でしめつけられつつ家族の生活をみている正直な勤労者の青春にとって、きょうの猟奇小説と、ロシアの人民が暗黒のなかに生を苦しんでいた時代のドストイェフスキーの世界は、何を与えるだろう。し・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・そして、第三に、よむものの心をうつことは、商業的な文化の上では猟奇のヒロインのように描き出される彼女たちが、電車にのると、パン助野郎、歩いて行け、とののしられたりするということである。娘たちは、真赤にルージュをぬった唇から、なるたけ歩くよう・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・東洋のグロテスクな美、猟奇心というものが主にされていたのである。「大地」は、バックの原作がこれまでヨーロッパ人によってかかれた「支那物語」と性質を異にした本ものである故もあり、おそらくアメリカ映画界としては初めてつくられた真面目な中国に・・・ 宮本百合子 「映画の語る現実」
出典:青空文庫