・・・しかしそこらにいた男どもがその若い馬士をからかう所を聞くと、お前は十銭のただもうけをしたというようにいうて、駄賃が高過ぎるという事を暗に諷していたらしかった。それから女主人は余に向いて蕨餅を食うかと尋ねるから、余は蕨餅は食わぬが茱萸はないか・・・ 正岡子規 「くだもの」
うずのしゅげを知っていますか。 うずのしゅげは、植物学ではおきなぐさと呼ばれますが、おきなぐさという名はなんだかあのやさしい若い花をあらわさないようにおもいます。 そんならうずのしゅげとはなんのことかと言われても私にはわかった・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・夫の純夫の許から離れ、そうして表面自由に暮している陽子が、決して本当に心まで自由でない。若い従妹の傍でそれが一層明かに自覚された。ふき子の内身からは一種無碍な光輝が溢れ出て、何をしている瞬間でもその刹那刹那が若い生命の充実で無意識に過ぎて行・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・頽廃的なブルジョア・インテリゲンツィアの典型的代表者であり、うぬぼれのつよい個人主義者であるジイドのブルジョア的良心がどうしても和解することが出来ない多くのものがソヴェトには在り、ジイドの怒りは反動的なブルジョアジーの無力な敵意を反映してい・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・性的牽引としての恋愛と結婚とはアグネスの内部で自由と奴隷の二つの極端に立たせられ、観念の上においてさえ決して和解出来ぬもののように現れている。彼女を愛す善良で進歩的な男たちが、新しい内容で男女の結婚生活の可能を説得しようとしても、アグネスは・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・兄弟愛 和解 「悪霊」を読んでみたい。 Dのリアリズム 自然主義とのちがい○顕微鏡の力と予言者の視力とをかね備えた 彼の幻想家的な知力にとむリアリズム、p.202○一切を彼は不思議に内部から・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
・・・自分等二人は、陰気な気分を紛らし得ず――Aが、心から歓んで和解を迎えたのではなく、如何にも已を得ず義務と云う感で承知したので――、肴町までの長い電車の間、私は殆ど一言も口を利かなかった。彼は思想に出た「犬」と云う面白い小説を書み、自分は明星・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・国民文芸会有志の熱心なる調停に動かされ、和解す。その際松竹より提出せし金円は著作権法改正運動に使用する条件を附して劇作家協会に寄附する。 一九二六年。劇作家協会と小説家協会とを合同せしめ、新に文芸家協会を作ることに尽力す。この年、四十歳・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・同時に、この人生において空虚、無目的感というものと人間性の自然とはそれ程和解しがたい本質であるから、人は敏感にそれを嗅ぎ出し、問題にし、愚かな男女の間では何か近代的な媚の一つの眼使いとさえ間違えられるのだと云える。 恋愛の生理がこの頃急・・・ 宮本百合子 「私たちの社会生物学」
・・・ これに反して、若い花房がどうしても企て及ばないと思ったのは、一種の Coup d'ドヨイユ であった。「この病人はもう一日は持たん」と翁が云うと、その病人はきっと二十四時間以内に死ぬる。それが花房にはどう見ても分からなかった。 只・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫