・・・大阪辺りの封建的な商家などで、女中さんの名前をお竹どんとかおうめどんにきめているところがあった。そういうふうな家では、小夜という娘もそこに働いているうちはお竹どんと呼ばれるが、宮中生活のよび名で宮中に召使われているものの名であった紫式部、清・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ 其処には厚い布団に寝かされて大変背の高くなった叔父の体が在ったけれ共別に変な感じも持たずにその人の後に居ると、顔の辺りに掛けてある白い布をめくりながら、 御覧。と云って身をねじ向けた。 何だろうと思ってのり出した私・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 白夜の美しさはレーニングラード、それも雄大なネヴァ河の河岸の辺りの景色が忘れられない。この辺では白夜は一層情感的で、夜なかの十二時ごろやっと日が沈む。河岸を洗ってネヴァの流れる西の方の大都会の屋根屋根の間へ日は沈むのだけれど、窓に佇ん・・・ 宮本百合子 「モスクワ」
・・・いま流を渡りて来たる人に問うに、水浅しといえり。この日野山ゆくおりに被らばやとおもいて菅笠買いぬ。都にてのように名の立たん憂はあらじ。 二十日になりぬ。ここに足を駐めんときょうおもい定めつ、爽旦かねてききしいわなという魚売に来たるを買う・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・やがて薄暗いような大きい御殿へ来て、辺の立派なのに肝を潰し、語らえばどこまでもひびき渡りそうな天井を見ても、おっかなく、ヒョット殿さまが出ていらしッたらどうしようと、おそるおそる徳蔵おじの手をしっかり握りながら、テカテカする梯子段を登り、長・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・身動をなさる度ごとに、辺りを輝らすような宝石がおむねの辺やおぐしの中で、ピカピカしているのは、なんでもどこかの宴会へお出になる処であったのでしょう。奥さまの涙が僕の顔へ当って、奥様の頬は僕の頬に圧ついている中に僕は熱の勢か妙な感じがムラムラ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・王子は四歳まで育って、母后の兄である祇園精舎の聖人の手に渡り、七歳の時大王の前に連れ出されて、一切の経過を明らかにした。大王は即日太子に位を譲った。新王は十五歳の時に、大王と聖人とを伴なって、女人の恐ろしい国を避け、飛車で日本国の熊野に飛ん・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫