・・・その敬服さ加減を披瀝するために、この朴直な肥後侍は、無理に話頭を一転すると、たちまち内蔵助の忠義に対する、盛な歎賞の辞をならべはじめた。「過日もさる物識りから承りましたが、唐土の何とやら申す侍は、炭を呑んで唖になってまでも、主人の仇をつ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 譚は大声に笑った後、ちょっと真面目になったと思うと、無造作に話頭を一転した。「じゃそろそろ出かけようか? 車ももうあすこに待たせてあるんだ。」 * * * * * 僕は翌々十八日の午後、折角の譚の勧めに従い、湘・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・ 少将は足を伸ばしたまま、嬉しそうに話頭を転換した。「また榲マルメロが落ちなければ好いが、……」 芥川竜之介 「将軍」
・・・と、巧に話頭を一転させてしまった。が、毛利先生のそう云う方面に関してなら、何も丹波先生を待たなくとも、自分たちの眼を駭かせた事は、あり余るほど沢山ある。「それから毛利先生は、雨が降ると、洋服へ下駄をはいて来られるそうです。」「あのい・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・中を行く 胆略何人か能く卿に及ばん 星斗満天森として影あり 鬼燐半夜閃いて声無し 当時武芸前に敵無し 他日奇談世尽く驚く 怪まず千軍皆辟易するを 山精木魅威名を避く 犬村大角猶ほ遊人の話頭を記する有り 庚申山は閲す幾春秋 賢・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ すこしお世辞が過ぎたのに気づいて下僚は素早く話頭を転ずる。「きょうの録音は、いつ放送になるんです?」「知らん」 知っているのだけれども、知らんと言ったほうが人物が大きく鷹揚に見える。彼は、きょうの出来事はすべて忘れたような・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・どうも、気持が浮き立たぬので、田島は、すばやく話頭を転ずる。「君も、しかし、いままで誰かと恋愛した事は、あるだろうね。」「ばからしい。あなたみたいな淫乱じゃありませんよ。」「言葉をつつしんだら、どうだい。ゲスなやつだ。」 急・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・私は自惚れた。母に嫉妬するという事も、あるに違いない。私は話頭を転じた。「アリエル?」「それが不思議なのよ。」案にたがわず、いきいきして来る。「もうせんにね、あたしが女学校へあがったばかりの頃、笠井さんがアパートに遊びにいらして、夏・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・ この理想が実現せられるとして、教案を立てる際に材料と分布をどうするかという問に対しては、具体的の話は後日に譲ると云って、話頭を試験制度の問題に転じている。「要は時間の経済にある。それには無駄な生徒いじめの訓練的な事は一切廃するがい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・『太平記』の事が話頭に上ると、わたくしは今でも「落花の雪にふみまよふ片野あたりの桜狩」と、海道下りの一節を暗誦して人を驚すことが出来るが、その代り書きかけている自作の小説の人物の名を忘れたりまたは書きちがえたりすることがある。 鶯の声も・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
出典:青空文庫