・・・私たちなら、侘びしくても、本を読んだり、景色を眺めたりして、幾分それをまぎらかすことが出来るけれど、新ちゃんには、それができないんだ。ただ、黙っているだけなんだ。これまで人一倍、がんばって勉強して、それからテニスも、水泳もお上手だったのだも・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・少し侘びしく、戸惑いした私の感情も、すぐにその場で、きれいに整理できた。それは、それで、いいのだと思った。 百合の花は、何かあり合せの花瓶に活けて部屋に持って来るよう女中に言いつけて、私は、私の部屋へかえって机のまえに坐ってみた。いい仕・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・の露骨なスタンドプレイを演ずる事なく、堂々と、それこそ誠意おもてにあらわれる態の詫び方をしたに違いないが、しかし、それにしても、之等の美談は、私のモラルと反撥する。私は、そこに忍耐心というものは感ぜられない。忍耐とは、そんな一時的な、ドラマ・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・そのような侘びしい状態に在るのも知らず、愚かな貧しい作家が、故郷の新聞社から招待を受け、さっそく出席と返事して、おれも出世したわいと、ほくそ笑んでいる図はあわれでないか。何が出世だ。衣錦之栄も、へったくれも無い。私の場合は、まさしく、馬子の・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・それでも三箇月間ほど我慢して、そんな侘びしい、出鱈目の教育をつづけて受けて居りましたが、もう、なんとしても、沢田先生のお顔を見るのさえ、いやになって、とうとう父に洗いざらい申し上げ、沢田先生のおいでになるのをお断りして下さるようにお願い致し・・・ 太宰治 「千代女」
・・・であったという伝説に便乗して、以て吾が身の侘びしさをごまかしている様子のようにも思われる。「孤高」と自らを号しているものには注意をしなければならぬ。第一、それは、キザである。ほとんど例外なく、「見破られかけたタルチュフ」である。どだ・・・ 太宰治 「徒党について」
・・・おまえだって、いまに、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」「ああ、王は悧巧だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、メロスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「た・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・笠井さんは、流石に少し侘びしく、雨さえぱらぱら降って来て、とっとと町を急ぐのだが、この下諏訪という町は、またなんという陰惨低劣のまちであろう。駄馬が、ちゃんちゃんと頸の鈴ならして震えながら、よろめき歩くのに適した町だ。町はば、せまく、家々の・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・どろぼうは、のっそり部屋へはいるとすぐに、たったいま泣き声出しておゆるし下さいと詫びたひととは全く別人のような、ばかばかしく荘重な声で、そう言った。おそろしく小さい男である。撫で肩で、それを自分でも内心、恥じているらしく、ことさらに肘を張り・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ ヴァレリイの言葉、――善をなす場合には、いつも詫びながらしなければいけない。善ほど他人を傷けるものはないのだから。 私は風邪をひいたような気持になり、背中を丸め、大股で地下道の外に出てしまいました。 四五人の記者たちが、私の後・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
出典:青空文庫