・・・いくら私が、売れのこりの、おたふくだって、あやまち一つ犯したことはなし、もう、そんな人とでも無ければ、結婚できなくなっているのかしらと、さいしょは腹立しく、それから無性に侘びしくなりました。お断りするより他、ないのでございますが、何せお話を・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・ 看護婦が傍に泣いて詫びていた。 道太はやがて、兄の枕頭に行ってみた。兄は少しいらだっていたが、少し話をすると、じきに頷いてくれた。「それから私もちょっと用事ができて、きゅうにいったんかえることになりましたので」道太は話しだした・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・林は口数の少ない子だから、それだけしか言わなかったが、それはあきらかに、私のために詫びてくれてるのだということが、誰にもわかった。 それで、こんどはいくらかおどろいたような奥さんの声が訊いた。「おや、この子、茂さんのお友達?」 ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ 息子は金がないのを詫びて、夫婦して、大事に善ニョムさんを寝かしたのだった……が、まだ六十七の善ニョムさんの身体は、寝ていることは起きて働いていることよりも、よけい苦痛だった。 寝ていると、眼は益々冴えてくるし、手や足の関節が、ボキ・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・娘の兄らしい兵隊は無言で、親爺らしい百姓が頻に詫びた。娘は俯向いてこそこそと降りた。癪に障って忌々しいが叱り飛す張合もない。災難だと諦めた。乗り合わした他の連中は頻に私に同情して、娘とその伴の図々しい間抜な態度を罵った。飛沫を受けたので、眉・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・ 或日の事、書斎で例のごとくペンの音を立てて侘びしい事を書き連ねていると、ふと妙な音が耳に這入った。縁側でさらさら、さらさら云う。女が長い衣の裾を捌いているようにも受取られるが、ただの女のそれとしては、あまりに仰山である。雛段をあるく、・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・ 子供らが叫んでばらばら走って来て童子に詫びたり慰めたりいたしました。或る子は前掛けの衣嚢から干した無花果を出して遣ろうといたしました。 童子は初めからお了いまでにこにこ笑っておられました。須利耶さまもお笑いになりみんなを赦して童子・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・あやまれといわれたことに対して、体じゅうをブルブルふるわし「私は詫びにきたのではありません。主張をしにきたのだ」と叫び、あわてふためく同僚に「私は、私は……」と叫びつつかつぎ出される光景をもって結んでいるのである。 伏字によってこの小説・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・として書かなければならず、侘びの加った晩年の馬琴の述懐として行燈とともに描き出されなければならなかったのだろうか。 芥川龍之介という作家は、都会人的な複雑な自身の環境から、その生い立ちとともに与えられた資質や一種の美的姿勢や敏感さから、・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・食事の時間にお客が来ると、来たお客が恐縮するかわりに、却って食事中の主人一家の方があわてて、すまないことでもしているように、失礼いたしまして、と詫びたりします。 これは、日本独特の習慣であると思います。いい食事をするのも、乏しい食事・・・ 宮本百合子 「公のことと私のこと」
出典:青空文庫