・・・が、彼はアスパラガスに一々ナイフを入れながら、とにかくたね子を教えるのに彼の全智識を傾けていた。彼女も勿論熱心だった。しかし最後にオレンジだのバナナだのの出て来た時にはおのずからこう云う果物の値段を考えない訣には行かなかった。 彼等はこ・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・女は玩具、アスパラガス、花園、そんな安易なものでは無かった。この愚直の強さは、かえって神と同列だ。人間でない部分が在る、と彼は、真実、驚倒した。筆を投じて、ソファに寝ころび、彼は、女房とのこれ迄の生活を、また、決闘のいきさつを、順序も無くち・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・中心になっているのはやはりベコニアで、その周囲には緑色の紗の片々と思うようなアスパラガスの葉が四方に広がり、その下から燃えるようなゼラニウムがのぞき、低い所にはアルヘイ糖のように蟹シャボの花がいくつか鉢の縁にたれ下がっていた。一つ一つの花は・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫いろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆いが下りたままになっていました。「お母さん。いま帰ったよ。工合悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。「ああ、ジ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・しかしどうしてもアスパラガスには叶いませんな。」「へえ」「アスパラガスやちしゃのようなものが山野に自生するようにならないと産業もほんとうではありませんな。」「へえ。ずいぶんなご卓見です。しかしあなたは紫紺のことはよくごぞんじでし・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・光の酒に漬っては花椰菜でもアスパラガスでも実に立派なものではありませんか。」「立派ですね。チュウリップ酒で漬けた瓶詰です。しかし一体ひばりはどこまで逃げたでしょう。どこまで逃げて行ったのかしら。自分で斯んな光の波を起しておいてあとはどこ・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・首がガクつくのをガーゼで巻いてある真鍮の呼鈴、一緒に、アスパラガスに似た鉢植が緑の細かい葉をふっさり垂れていた。 日本でも猫が葉っぱをたべたりするのかしらん。―― 床に黄色い透明な液体が底にたまった大コップがある。胆汁だ。斑猫はその・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・然し、寛大な読者諸君は、何故都会人がホテルの食堂へわざわざ出かけて、鑵詰のアスパラガスを食べて来たい心持になるか、ただ食べたいばかりではない。同時に食欲以上旺盛な観察欲というものに支配されているのだということを御承知である。 計らずその・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・桃色のカーネーション、アスパラガス、紅毬薔薇。朝日のさす往来でパラフィン紙を透きとおす活々した花の色が、教師をひきつけた。彼は、みのえの方へ黒い詰襟服のカフスをのばし、「それ、お呉れ」と云った。驚いて、みのえは花束を後にかくした。・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫