・・・しかし種々の鑑賞を可能にすると云う意味はアナトオル・フランスの云うように、何処か曖昧に出来ている為、どう云う解釈を加えるのもたやすいと云う意味ではあるまい。寧ろ廬山の峯々のように、種々の立ち場から鑑賞され得る多面性を具えているのであろう。・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ アナトオル・フランスの書いたものに、こう云う一節がある、――時代と場所との制限を離れた美は、どこにもない。自分が、ある芸術の作品を悦ぶのは、その作品の生活に対する関係を、自分が発見した時に限るのである。Hissarlik の素焼の陶器・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・けれども僕は往来に落ちた紙屑の薔薇の花を思い出し、「アナトオル・フランスの対話集」や「メリメエの書簡集」を買うことにした。 僕は二冊の本を抱え、或カッフェへはいって行った。それから一番奥のテエブルの前に珈琲の来るのを待つことにした。僕の・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・「心配は廃しゃアナ。心配てえものは智慧袋の縮み目の皺だとヨ、何にもなりゃあしねえわ。「だって女の気じゃあいくらわたしが気さくもんでも、食べるもん無し売るもんなしとなるのが眼に見えてちゃあ心配せずにゃあいられないやネ。「ご道理千万・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・私と並んで、マリアナ・ミハイロウナが歩いている。 二人は黙って歩いている。しかし、二人の胸の中に行き交う想いは、ヴァイオリンの音になって、高く低く聞こえている。その音は、あらゆる人の世の言葉にも増して、遣る瀬ない悲しみを現わしたものであ・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・は河または河辺の野であり、アイヌやサモア、マオリ語でも「アナ」は穴でもある。戸波 「ペッパロ」は川口。またモン語で「ウェア」は平原。大西 「オニウシ」大きな森。奈路 この地名は土佐各所の山中にある。アイヌで「ノル」は熊の足跡であ・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・そして、この名前をつけたアナーキストの小野は、この春に上京してしまっていた。「どうだ、あがらんか」 深水はだいぶ調子づいていた。「おい、そっちに餉台をだしな」 嫁さんはなんでもうれしそうに、部屋のなかへ支度しはじめた。「・・・ 徳永直 「白い道」
・・・そのことはアナトール・フランスやジイドの文学を見ただけでも明かである。デイトリッヒとボアイエとが演じた「沙漠の花園」はフランスのカソリック精神と人間の情熱とアフリカの沙漠とを結びつけた平凡な一つの作品であった。ラテン文化はアフリカを植民地化・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・ミスが、面白い変化物語と、アナトール・フランス風の話をした。変化物語、なかなか日本の土俗史的考証が細かで、一寸秋成じみた着想もあり、面白かった。 九時過Nさんと自動車で、自分林町へ廻る。離れにKと寝る。いろいろ話し、若い男がひとの妻君に・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・は、そういう意味で芸術の世界を作品のなかに持っていない。アナトール・フランスの言葉が引用されたり、愛とか、よき生活への理想とかが文句として存在してはいるけれども、なまのままの現実生活と、そこから創造されるものとしての芸術としてのリアリティー・・・ 宮本百合子 「「結婚の生態」」
出典:青空文庫