・・・ デッキでは、セーラーたちが、エンジンでは、ファイヤマンたちが、それぞれ拷問にかかっていた。 水夫室の病人は、時々眼を開いた。彼の眼は、全で外を見ることが能きなくなっていた。彼は、瞑っても、開けても、その眼で、糜れた臓腑を見た。云わ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・しかし、エンジンの工合が損じ、ドアは開かないまま、上野を出てしまった。 鶯谷へついたとき、人々はせき立って、窓から降りはじめた。男たちばかりが降りている。そのうちやっと、ドアが開いた。 出口に近づいて行ったら、反対の坐席の横の方・・・ 宮本百合子 「一刻」
・・・少し出て来た風にその薄のような草のすきとおった白い穂がざわめく間を、エンジンの響を晴れた大空のどこかへ微かに谺させつつ自動車は一層速力を出して単調な一本道を行く。 ショウモンの大砲台の内部は見物出来るようになっていた。一行が降り立ったら・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・一部でヒ行器のエンジン。────────────────────────────────── ◎各工場の建物分離。はじからはじまで三十分もかかる。工場のドアをしめきると、各工場分り出来る。ふだん、他職場へゆくこと禁止。・・・ 宮本百合子 「工場労働者の生活について」
・・・ 君は、自動車消費者の立場で、それを眺め、ボディーの美しさを味い、このみの色にエナメルする者の立場で、自動車の美について云っているのか、または、エンジンの発達を先ず根本におく自動車製作者の立場でその美をつかみ理解しているのか? 五ヵ年計・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・坐席がびっくりする程高いオープンで、ギヤー・ブレーキ・ハンドルすべてが露出である。エンジンだけが覆われている。ハンドルは坐席に合わせてまるで低いところについているから、美人は愛嬌よい顔をこちらに向けつつも背中は痛々しい程の前屈みになっている・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・飛行機でとび立つその日まで、ひたかくしにかくされていて、その日にとられた写真での彼の表情は、まるで一刻も早く飛行機のエンジンがまわりだすのを待ちかねている風情だった。その顔に不安があった。彼に「アッツ島玉砕」という悽惨きわまりない絵がある。・・・ 宮本百合子 「手づくりながら」
・・・大型遊覧自動車のエンジンの音響はトンネルじゅうの空気をゆすぶった。塵埃を捲き上げて穹窿形の天井から下ってる大電燈の光を黄色くした。鳥打帽の若い労働者が女の腕をとって、その長いトンネル内を歩いている。男も黒いなりだ。女も若いが黒いなりだ。全光・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫