・・・ ……煙草の煙、草花のにおい、ナイフやフォオクの皿に触れる音、部屋の隅から湧き上る調子外れのカルメンの音楽、――陳はそう云う騒ぎの中に、一杯の麦酒を前にしながら、たった一人茫然と、卓に肘をついている。彼の周囲にあるものは、客も、給仕も、・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・「不如帰」「藤村詩集」「松井須磨子の一生」「新朝顔日記」「カルメン」「高い山から谷底見れば」――あとは婦人雑誌が七八冊あるばかりで、残念ながらおれの小説集などは、唯一の一冊も見当らない。それからその机の側にある、とうにニスの剥げた茶箪笥の上・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・と「カルメン」の演奏を写したものであったが、これを見ながら聴きながら考えたことは、自分がベルリンへ行って実地に臨むよりもこうした映画で鑑賞する方が十倍も百倍も面白いのではないかということであった。第一、実地ではこんなに演奏者を八方から色々の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・わたくしは演劇及オペラの如き芸術家の肉体と肉声とを必須となす芸術は、必其の作者と人種を同じくする者によって演ぜられる事を望んでいる。カルメンの完全なる演出は仏蘭西人を俟たねばならぬが如く、トリスタンは独逸人でなければならぬであろう。わたくし・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・メリメのカルメンはカルメンと云う女性を描いて躍然たらしめている。あれを読んで人生問題の根元に触れていないから駄作だと云うのは数学の先生が英語の答案を見て方程式にあてはまらないから落第だと云うようなものである。デフォーは一種の写実家である。ロ・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・ファラーとカルーソーのカルメン 夜十二時過外を歩く。四月 十六日 つもった雪。夜第三木曜会。同時に Earl Hall に於て尾崎行雄の演説がある。其をききに行きたい人もあるので、どちらにするかと云うことが少し問題にな・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・や「カルメン」。「オニェーギン」「スペードの女王」「サドコ」はこわくないからね。 ――ふーむ。そんな古典をやってるところもあるのかな。古典をすてた訳じゃないんだな。 ――ソヴェトの芝居は大体三種類に分けられると思う。第一群は、この第・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
ワインガルトナー夫人の指揮 その晩は、ベートーヴェンばかりの曲目で、ワインガルトナー博士は第七と田園交響楽などを指揮し、カルメン夫人はレオノーレの序曲を指揮することになっていた。 私は音楽について・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
・・・近松門左衛門は彼の横溢的な浄瑠璃の中で、日本の徳川時代の社会の枷にせかれて身を亡す人間らしい男女の愛の悲劇を歌った。カルメンの物語でばかりスペインを知っている人々にとって、またダンテとベアトリチェの物語だけでイタリヤの心を知ったと思う人は、・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・や「カルメン」において。ゴオチェは華美なアントニーとクレオパトラのロマンスの描写において。デュマはその歴史小説において。 金くさい卑俗な利害のために日夜鎬を削るブルジョア共の社会生活に反抗するこれらのロマンチスト作家たちが互に「焔の如く・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫