・・・サレバ客ノ此楼ニ登ツテ酔ヲ買ハント欲スルモノ、若シ特ニ某隊中ノ阿嬌第何番ノ艶語ヲ聞カンコトヲ冀フヤ、先阿嬌所属ノ一隊ノ部署ヲ窺ヒ而シテ後其ノ席ニ就カザル可カラズ。然ラザレバ徒ニ纏頭ヲ他隊ノ婢ニ投ジテ而モ終宵阿嬌ノ玉顔ヲ拝スルノ機ヲ失スト云。・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・「ピー、カンカンか」 私はポカンとそこへつっ立っていた。私は余り出し抜けなので、その男の顔を穴のあく程見つめていた。その男は小さな、蛞蝓のような顔をしていた。私はその男が何を私にしようとしているのか分らなかった。どう見たってそいつは・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・つりがねそうが朝の鐘を、 「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン」と鳴らしています。 ホモイはぴょんぴょん跳んで樺の木の下に行きました。 すると向こうから、年をとった野馬がやって参りました。ホモイは少し怖くなって戻ろうとしま・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
松の木や楢の木の林の下を、深い堰が流れて居りました。岸には茨やつゆ草やたでが一杯にしげり、そのつゆくさの十本ばかり集った下のあたりに、カン蛙のうちがありました。 それから、林の中の楢の木の下にブン蛙のうちがありました。・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・お空のひかり、おてんとさまは、カンカンカン、月のあかりは、ツンツンツン、ほしのひかりの、ピッカリコ。」「そんなものだめだ。面白くもなんともないや。」「そうか。僕は、こんなこと、まずいからね。」 ベゴ石は、しずかに・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
・・・シグナルもシグナレスも、あまりのことに今さらポカンとしてあきれていました。本線シグナルつきの電信柱は、すっかり反対の準備ができると、こんどは急に泣き声で言いました。「あああ、八年の間、夜ひる寝ないでめんどうを見てやってそのお礼がこれか。・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ どっか松林の下に列車が止ってしまった。兎が見えたらしい。廊下で、 男の声 ここいらの住民は兎は食わないんです。 女の声 でも沢山とるんでしょう? カンヅメ工場でも建てりゃいいのに。 思わず答えた。それっきりしずかだ。雪の上によ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・子供らは質問するというが、七百万人の失業者のあふれたアメリカの子供、牛乳業トラストが市価つり上げのため原っぱへカンをつんで行って何千リットルという牛乳をぶちまけ、泥に吸わせ、そのために自分たちの口には牛乳が入らないでウロついているアメリカ勤・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・学課のきめかたも、先頃は、英語などはいけないとやめさせられましたが、世界の日本として生活してゆくのに、女性がカン詰の広告一つよめなくて、おどおどしていてよいのでしょうか。少女たちは、女学生として、自分たちの勉強のしかたを研究し、研究するため・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・眼が鈍い、頭が悪い、心臓が狭い、腕がカジカンでいる、どの性質にも才能にも優れたものはない、――しかも私は何事をか人類のためになし得る事を深く固く信じています。もう二十年! そう思うとぐッたりしていた体に力がみなぎって来る事もあります。 ・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫