十一月一日の各新聞のすみに、読者調整のカードがすりこまれていた。 そのカードには、現在どんな新聞をよんでいるか、これからどんな新聞が読みたいかを書きこむ欄があって、希望新聞の名を書けばその新聞へ切りかわることができるし・・・ 宮本百合子 「主婦と新聞」
・・・三人をのせた大型パッカードはバクーの市から十二露里隔った通称「黒い町」大油田へ向って矢のように走っている――。 四 坦々とした一条のコンクリート道が曇った空の下に高く堤防のように延びている。声が千切れてとぶ・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ 円たく、パッカード、セダンの硝子扉の中に白粉をつけた娘の頸足が見える。赤い毛糸帽が自転車でとぶ。 荷馬車が二台ヨードをとる海藻をのせて横切る。 男の児が父親に手をひかれて来る 男の児の小さい脚でゴム長靴がゴボゴボと鳴った。・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・いる区の健康相談所があって、そこへ産院からその子供がどんな発育状態で生れたか、お母さんはどういう健康状態の下に乳を与えているかということ、性病の遺伝があるかないか、そういうことを記入した子供と母親とのカードが健康相談所へ廻る。そうして無料で・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・話したりカードを遊んだりして居る最中に、遠くの方で、百八の鐘が鳴り始めた。近所に寺が少ないと見え、あまり処々には聴えない。静に一つ一つ、間を置いては突き鳴らす音が、微に、ストーブの燃える音、笑い声を縫って通って来るのである。 皆、他の人・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・事務室の一部に、カード室がある。ゾックリ帖簿が整理されてる。ブルジョア国で、これだけ素敵な設備のある産院だったら、そんな帖簿はきっと金持の夫人達の名と多額な入院料を記入した産院利潤帖だろうが、モスクワではそうではない。 一々、産婦の住所・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
・・・先生は丹念にカードを作る人であったから、調べた材料は相当に整理せられていたのでもあろうが、しかしああいう引例の多い議論を病床で口授するということは、どうも驚くのほかはない。おそらくあの問題を絶えず追いかけているうちに、頭のなかで議論のすじ道・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫