・・・本線のシグナル柱は、キチンと兵隊のように立ちながら、いやにまじめくさってあいさつしました。「お早うございます」シグナレスはふし目になって、声を落として答えました。「若さま、いけません。これからはあんなものにやたらに声を、おかけなさら・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ 昔から躾というと、とかく行儀作法、折りかがみのキチンとしたことを、躾がよいといいならわして来ました。しかし、今日の生活は遑しく、変化が激しく、混んだ電車一つに乗るにしても、実際には昔風の躾とちがった事情がおこって来ています。しとや・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・窓のすぐそばに白樺の梢が見える。キチンと毛布でつつんだ寝台が四側に五つずつ並んでいる。 もう一つそれより小さい女の子の寝台があって、その先が大広間です。ブルジョアが住んでいた時分はここでダンスでもやったのでしょう。今はレーニンの肖像が飾・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・ 床から二尺というところに手拭、歯ブラシ、アルミニュームのコップがキチンとぶら下っている。が、どれが金毛のインので、どれがみそっぱのターシャのかという区別をつけるために、それぞれの釘の上へ一枚ずつ絵がはりつけてある。 猫。犬。鶏。牛・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・やがて足元を定めて紅はキチンとしまったかおをして家の方にあるき去った。物かげの小男はなんとなくあっけないような心持でそのあとにつづいた。 前にもました、重くるしいかなしい心持は家の中にみなぎって東の対の女達が光君のものために同じような黒・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・「今までよりずっと大人になるのだ、そして勇気をもち、明白な判断を少しもこだわらずに、キチンとしてゆく、無駄な神経をつかわず」そして、「実力をつける」ために、その主人はつかまっているがかつて飛び出した朝田の医院へ、新規蒔直しに何もかもやってく・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・三人はせまいところにキチンと座って、半ばから来てよくつづきの分らないフィルムの動き方を見ました。私の囲りはみんな若いやすっぽいかおっつきの男達ばっかりでした。 いきなり座った私を間違った事をしたあとの様な妙なかおをして見て居ました。・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫