・・・百貨店であっちのショウ・ケース、こっちのショウ・ケースと次々のぞく。そのように見ている。 本への愛というようなことは、言葉に出してしまうと誇張された響をもつが、やはり人間の真面目な知慧への愛と尊敬、文化への良心とつながったものであると思・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・青や紫のケースの中で凝っとしている宝石類まで、夜というと秘密な生命を吹き込まれるようだ。昼間は見えなかった美しさ、優しさが到る処にちらばっている。けれども、日光の下で歩いて見ると、艷のない、塵っぽい店舗に私共は別に大して奇もない商品と小僧中・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・肩へ茶皮のケースに入った重いコダックをかけたまま。そして、誰かがそれをとろうとすると、半寝呆けながら「いや、お父様んだから百合ちゃんがもっていく」と拒みながら。 書簡註。軽い夕飯を食っているのはグリーン色の縞のスカート・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・ 外側のケースに千代紙なんか貼ってしまって益妙ですが、これはいつか妹のいたずらで御免下さい。 粉の白粉は変質したりしないでしょうか、その点も自信ございません。万一パサパサでしたら悪いと気がかりですが、あけては僅の興も失われてしまいま・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・目さきのケースを越して、そこにつながる自分たちの人生のねうちとして、活字を見てほしいと思う。その一字一字が、自分の声のかたまった形として感じてほしいと思う。 これまで、文筆家・作家たちは、自分たちの文筆活動について、稚い幻想をもって来た・・・ 宮本百合子 「文化生産者としての自覚」
・・・笑った彼女の口元からちらりと金歯の光ったのや、硝子ケースの中にパイプや葉巻の箱を輝やかせている日光が、いかにも春めいた感じを藍子に与えた。「おいでですか?」「ええ、今日はいらっしゃいますよ、さあどうぞ」 店の横にある二畳から真直・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・普通携帯品といわれる観念で、それらの品々をあずけた人が、そこから入った柵のところで警官に体をしらべて貰って、困った表情でいるのを見ると、眼鏡のケースを片手に握って当惑しているのであった。へえ、そうですか、こんなものもねえ。そういいながら、黒・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・父は夜になると火薬をケースに詰めて弾倉を作った。そして、翌朝早くそれを腹に巻きつけ、猟銃を肩に出ていった。帰りは雉子が二三羽いつも父の腰から垂れていた。 少いときでも、ぐったり首垂れた鳩や山鳥が瞼を白く瞑っていた。父が猟に出かける日の前・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫