・・・私はぶくぶくという名前で、いつでも勝手なときに、ひとりでにからだがゴムの袋のようにぶくぶくふくれます。まず一聯隊ぐらいの兵たいなら、すっかり腹の中へはいるくらいふくれます。」 ふとった男はこう言って、にたにた笑いながら、いきなりぷうぷう・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・少年は上京して大学へはいり、けれども学校の講義には、一度も出席せず、雨の日も、お天気の日も、色のさめたレインコオト着て、ゴム長靴はいて、何やら街頭をうろうろしていました。お洒落の暗黒時代が、それから永いことつづきました。そうして、間もなく少・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・さかなくさくて、ドロドロのものを着て、モンペにゴム長、男だか女だか、わけがわからず、ほとんど乞食の感じで、おしゃれの彼は、その女と取引きしたあとで、いそいで手を洗ったくらいであった。 とんでもないシンデレラ姫。洋装の好みも高雅。からだが・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・園子のおなかは、ぶんまわしで画いたようにまんまるで、ゴム鞠のように白く柔く、この中に小さい胃だの腸だのが、本当にちゃんとそなわっているのかしらと不思議な気さえする。そしてそのおなかの真ん中より少し下に梅の花の様なおへそが附いている。足といい・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・コレモキマッテ、胸ヲ張リ、顔ヲ仰向ニシテ、底ノ砂利ニ、足ガ、カスカニ触レテイルクライ、スックト爪サキ立ッテイルソウデス、川ノ流レニシタガッテ、チョンチョン歩イテイルソウデス、丸マゲ崩レヌヒトリノ女ハ、ゴム人形ダイテ歩イテイタ、ツカンデ見レバ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 旧時代のハイカラ岸田吟香の洋品店へ、Sちゃんが象印の歯みがきを買いに行ったら、どう聞き違えたものか、おかしなゴム製の袋を小僧がにやにやしながら持ち出したと言って、ひどくおかしがって話したことを思い出す。Sは口ごもって、ひどくはにかんだ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
一 靴のかかと 夏になったので去年の白靴を出して見ると、かかとのゴムがだいぶすり減っている。靴自身も全体にだいぶひどくなっているから一つ新調することにした。買いに行った店にはゴムのかかとのが無かったのでその・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・それからまた、胃の洗滌をすると言って長いゴム管を咽喉から無理に押し込まれたとき、鼻汁といっしょにたわいなくこぼれる涙に至っては真に沙汰の限りである。 しかしこんな純生理的な涙でも、また悲しくて出る涙でも、あれが出ないと、何かしらひどくい・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・その頃流行った鍔の広い中折帽を被って縞の着物、縞の羽織、それでゴム靴をはいて折カバンを小脇にかかえている、そうして非常にゆっくり落着いて歩いて来るのである。その時私は直感的に、これが虚子という人ではないかと思った。その後子規の所で出会ってそ・・・ 寺田寅彦 「高浜さんと私」
私は行李を一つ担いでいた。 その行李の中には、死んだ人間の臓腑のように、「もう役に立たない」ものが、詰っていた。 ゴム長靴の脛だけの部分、アラビアンナイトの粟粒のような活字で埋まった、表紙と本文の半分以上取れた英訳・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
出典:青空文庫