・・・ 彼は、ミキサーに引いてあるゴムホースの水で、一と先ず顔や手を洗った。そして弁当箱を首に巻きつけて、一杯飲んで食うことを専門に考えながら、彼の長屋へ帰って行った。発電所は八分通り出来上っていた。夕暗に聳える恵那山は真っ白に雪を被っていた・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・第一、今時、腰弁だって、黒の深ゴムを履きゃしねえよ。そりゃ刑務所出来の靴さ。それからな、お前さんは、番頭さんにゃ見えねえよ。金張りの素通しの眼鏡なんか、留置場でエンコの連中をおどかすだけの向だよ。今時、番頭さんだって、どうして、皆度のある眼・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・額際の髪にはゴムの長い櫛をはめて髪を押さえて居る。四たび変って鬼の顔が出た。この顔は先日京都から送ってもろうた牛祭の鬼の面に似て居る。かようにして順々に変って行く時間が非常に早くかつその顔は思わぬ顔が出て来るので、今度は興に乗ってどこまで変・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・「この頃、ヘロンの方ではゴム靴がはやるね。」ヘロンというのは蛙語です。人間ということです。「うん。よくみんなはいてるようだね。」「僕たちもほしいもんだな。」「全くほしいよ。あいつをはいてなら栗のいがでも何でもこわくないぜ。」・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・兵卒一「勲章と胃袋にゴム糸がついていたようだったなあ」兵卒九「将軍と国家とにどうおわびをしたらいいかなあ。」兵卒七「おわびの方法が無い。」兵卒五「死ぬより仕方ない。」兵卒三「みんな死のう、自殺しよう。」曹長「いいや、・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・と書いた蜘蛛文字のマークをつけていましたしなめくじはいつも銀いろのゴムの靴をはいていました。又狸は少しこわれてはいましたが運動シャッポをかぶっていました。 けれどもとにかく三人とも死にました。 蜘蛛は蜘蛛暦三千八百年の五月に没くなり・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・大きな石の一の鳥居、松並木、俥のゴム輪が砂まじりの路を心持よく行った。いかにも鎌倉らしい町や海辺の情景が、冬で人が少いため、一種独特の明るい闊達さで陽子の心に映った。「冬の鎌倉、いいわね」「いいでしょ? いるとすきになるところよ、何・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・この必要を認め、女のそういう奮起、たくましさをよみすればこそ、良人の代りに絣のパッチ・ゴム長姿で市場への買い出しから得意まわりまでをする魚屋のおかみさんの生活力が、今日の美談となり得ているのではあるまいか。 若い女のひとたちに向って、家・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ナルザン鉱泉の空瓶をもってって牛乳を買う50к。ゴム製尻あてのような大きい輪パン一ルーブル。となりの車室の子供づれの細君が二つ買ってソーニャという六つばかりの姉娘の腕に一つ、新しい世界というインターナショナル抜スイのような名をもった賢くない・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・車輪にはゴムが附いていて、窓枠には羅紗が張ってあります。ですから二頭曳の馬車の中はいい心持にしんみりしていて、細かい調子が分かります。平凡な詞に、発音で特別な意味を持たせることも出来ます。あの時あなたわたくしに「どうです」とそうおっしゃいま・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫