・・・ 女はいきなりショールをとって、長ったらしい挨拶を私にした。終ると、男も同じように、糞丁寧な挨拶をした。 私はなにか夫婦の営みの根強さというものをふと感じた。 汽車が来た。 男は窓口からからだを突きだして、「どないだ。石・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・出世しているらしいことはショール一つにも現われていた。誘われて、戎橋の丸万でスキ焼をした。その日の稼ぎをフイにしなければならぬことが気になったが、出世している友達の手前、それと言って断ることは気がひけたのだ。抱主がけちんぼで、食事にも塩鰯一・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ とその女のひとは、やはり少しも笑わずにショールをはずして私にお辞儀をかえしました。 その時、矢庭に夫は、下駄を突っかけて外に飛び出ようとしました。「おっと、そいつあいけない」 男のひとは、その夫の片腕をとらえ、二人は瞬時も・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ぼくはここ迄を昨夜、女郎にショールを買えないと云い訳に行き、ちょいの間を行き、婆さんの借金を三円払ってやり、正月に連れだして、やる約束を迫まれ……所で、今月は師走です。洋服屋がきて虎の子の十円を持って行きました。未だ一円残っていますがこれで・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・とにかくそこいらを歩いている普通十人並の娘達と同じような着物に、やはりありふれたようなショールを肩へかけて、髪は断髪を後ろへ引きつかねている。しかし白粉気のない顔の表情はどこかそこらの高等女学校生徒などと比べては年の割にふけて見えるのである・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・また向うからただ一人、洋紅色のコートを着た若い令嬢が俯向いたまま白いショールで口を蔽うて、ゆっくりゆっくり歩いて来る。血色のいい頬、その頬が涙で洗われている。 正月の休みで、外には誰も通る人がない。旧解剖学教室、生理学教室の廃墟には冬枯・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・ 出口に近づいて行ったら、反対の坐席の横の方から、若い女が、おろおろになって「あの、この辺にショール落ちていないでしょうか」「こんなこみかたじゃ、落ちるせきがないですよ」「どうしましょう! 舶来のショールで母さんの大事にして・・・ 宮本百合子 「一刻」
・・・ 月給を貰うと、まあ自分には時計の鎖でも買ったり、グラフィーラに新しいショールでも買ってやる。月に一遍夫婦揃ってお客に行く。祭の日にはせいぜいキノか芝居へでも出かける。昔のドミトリーの生活のそれが最大限度であった。家庭がドミトリーの慰安・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・私は馴れないからショールを手にもって立っていたら○○○さんが「こっちで傍聴券貰いましょう」というのでついて行くと、又妙な階子段をのぼって、行けそうにもない衝立のすき間のようなところを抜けて、今度は石敷の大階段のある広いところへ出ました。その・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・ 朝六時に、霜でカンカンに凍った道を赤い鼻緒の中歯下駄で踏みながら、正月になっても去年のショールに顔をうずめて工場へ出かける十一時間労働の娘さんをそういう会話の主人公として想像するのは困難です。どうも、ウェーヴした前髪、少くとも銘仙の派・・・ 宮本百合子 「ゴルフ・パンツははいていまい」
出典:青空文庫