・・・そのひとは房々と長く美しく波うたせてある髪を瀟洒な鼠色スーツの肩で一寸揺って、さあ、と口ごもっている。きまりわるいのかしらと思って、私は自分からロゼエの名などあげて、あなたは? ともう一遍云ったら、そのひとはいかにも生活から遠くのことでも云・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・ 一月○日 午後二時頃、バラさんと寿江子の間に挾まれて、スーツ・ケイスなど足もとにつめこんで自動車で帰宅。茶の間の敷居に立って久しぶりの部屋を見まわす。真白な天井や壁ばかり見ていたので、障子のこまかい棧、長押、襖の枠、茶だんす、・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・ 東京駅でスーツ・ケースをうけとってくれたひとが、先ず訊いたのは、あっちでは野菜はどうだった? ということであった。日本葱一本を等分にわけて、お宅には特別にこっちをあげましょうと白い根の方を貰って来たという話もその朝省線の中できいた。・・・ 宮本百合子 「主婦意識の転換」
・・・ 事務員らしいてきぱきさで、小枝子はすぐ仕事机の隅の風呂敷包みをひろげ、三尺の押入れを衣裳箪笥まがいにしたところに吊ってある縫いかけのスーツの上着を出した。小枝子が来るようになってもう一年以上経った。事務員では何年つとめていても技術がつ・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
出典:青空文庫