・・・……どれ、(樹の蔭に一むら生茂りたる薄の中より、組立てに交叉したる三脚の竹を取出して据え、次に、その上の円き板を置き、卓子後の烏、この時、三羽とも無言にて近づき、手伝う状にて、二脚のズック製、おなじ組立ての床几を卓子の差向いに置く。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・郭の所有物を調べた。ズックの袋も、破れ靴も、夏の帽子も何一つ残っていなかった。「くそッ! 畜生! 百円がところ品物を持ち逃げしやがった!」おやじは口をとがらしていた。 呉清輝と田川とはおやじが扉の外に見えなくなると、吹きだすようにヒ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 肉屋は、その死がいをいつまでもなでつづけていましたが、間もなく、うちへかえって、シャベルとズックのきれとをもって来ました。そして、せんの犬の塚のとなりへ穴をほり、死がいをていねいにズックのきれでつつんで中へ入れ、ちゃんと土をもり上げま・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ふり仰ぐと、それまで私のうしろに立っていたらしい若い女のひとが、いましも腕を伸ばして網棚の上の白いズックの鞄をおろそうとしているところでした。たくさんの蒸しパンが包まれているらしい清潔なハトロン紙の包みが、私の膝の上に載せられました。私は黙・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・ 甲板へズックの日おおいができた。気温は高いが風があるのでそう暑くはない。チョッキだけ白いのに換える。甲板の寝椅子で日記を書いていると、十三四ぐらいの女の子がそっとのぞきに来た。黒んぼの子守がまっかな上着に紺青に白縞のはいった袴を着て二・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・先生が洋行の際に持って行って帰った記念品で、上面にケー・ナツメと書いてあるのを、新調のズックのカヴァーで包み隠したいかものであった。その中にぎっしり色々の品物をつめ込んであった。細心の工夫によってやっとうまく詰め合わせたものを引っくら返され・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・今度は助手が変てこな、ねじのついたズックの管と、何かのバケツを持って来た。畜産の教師は云いながら、そのバケツの中のものを、一寸つまんで調べて見た。「そいじゃ豚を縛って呉れ。」助手はマニラロープを持って、囲いの中に飛び込んだ。豚はばたばた・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・モーターが唸って、小僧は真白けになって疲れた動作で黙りこくって働いていた。ズックの袋に入れて札をつけた白米が店の奥に山とつまれた。馬力で米俵が運ばれて来たりした。東京市内だけでも一日に何軒とかの割合で米屋が倒れて行く。そういう話がある折であ・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・〔欄外に〕 遠いクレーンの頂上に一枚むしろだかズックの袋だかがとりつけられ、更に遠い空には薄あかい光をふくんだ灰色の雲の大きいかたまりがある、○どういうわけか そこの雨戸の一番下の棧のところに特別ひどく泥がたまっていた。・・・ 宮本百合子 「窓からの風景(六月――)」
出典:青空文庫