・・・そうして枕もとの時計のチクタクだけが高く響く、あるいは枕に押しつけた耳に響く脈搏を思わせる雑音を聞かせるのもいいかもしれない。しかし今のところでは発声器械の不完全なために生ずるいろいろな雑音が邪魔になるので、こういう技巧は当然失敗のほかない・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・ 置時計の小刻みなチクタクが夜の静寂を量った。 翌朝、さほ子は重大事件があると云う顔つきで、朝飯を仕舞うと早速独りで外出した。 彼女は街のポウストにれんを呼び戻すはがきを投函し、一つ紙包を下げて帰って来た。 良人は妙に遠慮勝・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ところが時計はチクタクの大きく聴えるのなど大きらいです。あの夏になると眠りがちな時計を目立たぬところへ置いて安心しているから可笑しい。でも仕事の速度というか、進み工合というか、そういうものが結局二十四時間を計っているのだから。 コスモス・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・歳のしなやかな 日やけ色の手脚をまるめて 名もなつかしい おじいさん椅子は おだやかに 大きく黄ばんだ朽葉色 気持の和むなきじゃくりと ミシンの音は夢にとけ入り 時計はチクタクを刻む となりの子供は・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫