・・・犬の身の辺には新らしいチャンの匂いがする。 この別荘に来た人たちは皆好い人であった。その好い人が町を離れて此処で清い空気を吸って、緑色な草木を見て、平日よりも好い人になって居るのだ。初の内は子供を驚かした犬を逐い出してしまおうという人も・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・沼南の金紋護謨輪の抱え俥が社の前にチャンと待ってるんだからイイじゃないか。社の者が沼南の俥を知らないとはマサカに思ってもいまいが、他の者が貧乏咄をすると自分も釣られて負けない気になってウッカリいってしまうんだネ。お目出たい咄サ。こんな処はマ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・自分はその一二を受けながら、シナの水兵は今時分定めて旅順や威海衛で大へこみにへこんでいるだろう、一つ彼奴らの万歳を祝してやろうではないかと言うとそれはおもしろいと、チャン万歳チャンチャン万歳など思い思いに叫ぶ、その意気は彼らの眼中すでに旅順・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・サアそれもチャンと返して帳簿を整理しておかんと今のうまい口に行く事ができない。そこでこの四五日その十五円の調達にずいぶん駆け回りましたよ。やっと三十間堀の野口という旧友の倅が、返済の道さえ立てば貸してやろうという事になり、きょう四時から五時・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・でも、あとから考えてみると、チャンと、平素から教えならされたように、弾丸をこめ、銃先を敵の方に向けて射撃している。左右の者があって、前進しだすと、始めて「前へ」の号令があったことに気づいて自分も立ち上る。 敵愾心を感じたり、恐怖を感じた・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・ 一分間ばかりたつと、その戸口へよく肥った、頬の肉が垂れ、眉毛が三寸くらいに長く伸びている老人がチャンチャンコを着て出てきた。「ワーシカがやられた。」「ワーシカが?」「…………。」 ユーブカをつけた女は、頸を垂れ、急に改・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ けれども、福田も、帰還者名簿中に、チャンと書きこまれていた。 そういう例は、まだ/\他にもあった。 無断で病院から出て行って、三日間、露人の家に泊ってきた男があった。それは脱営になって、脱営は戦時では銃殺に処せられることになっ・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・「清はチャンチャンとも話が出来るんかいや?」おしかも楽しそうに話しかけた。清三は海水浴から帰って本を出してきているところだった。「出来る。」「そんなら、お早よう――云うんは?」「……」「ごはんをお上り――はどういうんぞい・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ この高慢税を納めさせることをチャンと合点していたのは豊臣秀吉で、何といっても洒落た人だ。東山時分から高慢税を出すことが行われ出したが、初めは銀閣金閣の主人みずから税を出していたのだ。まことに殊勝の心がけの人だった。信長の時になると、も・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・返って来ればチャンと膳立てが出来ているというのが、毎日毎日版に摺ったように定まっている寸法と見える。 やがて主人はまくり手をしながら茹蛸のようになって帰って来た。縁に花蓙が敷いてある、提煙草盆が出ている。ゆったりと坐って烟草を二三服ふか・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
出典:青空文庫