・・・するとこれらの侏儒のダンスはわれわれの目には実に目まぐるしいほどテンポが早くて、どんなステップを踏んでいるか判断ができないくらいであろう。しかしそれだけの速い運動を支配し調節するためにはそれ相当に速く働く神経をもっていなければならない。その・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・その埋め合わせというわけでもないかもしれないが、昔から相当に戦乱が頻繁で主権の興亡盛衰のテンポがあわただしくその上にあくどい暴政の跳梁のために、庶民の安堵する暇が少ないように見える。 災難にかけては誠に万里同風である。浜の真砂が磨滅して・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・橋の袂は交通線上の一つの特異点であって、歩行者の心のテンポにある加速度を与えるために自然に予定の行為への衝動を受けるのかもしれない。 われわれの生活の行路の上にもまたこういう橋の袂がある。そうしてそこで自分の過去の重荷を下ろそうとして躊・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・実にテンポのゆるやかな国であった。 日露戦争当時であって、つい数日前露艦がこの辺の沖に見えたという噂もあった。われわれが験潮器を浜に据えて、鉛管を海中へ引っぱっていたので、何か水雷でもしかけているという噂をされたそうである。 この浜・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・ ブリキを火箸でたたくような音が、こういうリズムで、アレグレットのテンポで、単調に繰返される。兎唇の手術のために入院している幼児の枕元の薬瓶台の上で、おもちゃのピエローがブリキの太鼓を叩いている。 ブルルル。ブルルル。ブルブルブルッ・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・隻脚の青年は何か一言きわめてそっけない返事をしたまま、松葉杖のテンポを急がせて行き過ぎてしまった。思いなしか青年の顔がまっかになっているように思われた。 呼び止めた歩行不能の中年紳士の気持ちも、急いで別れて行った青年の気持ちもいくらかわ・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・そして日本の社会としての弱点は大変のろいテンポでしか克服されない。 婦人の実力がまだ低いから、社会的に経済的に、また政治的に平等であることは早すぎるという考え方は、ごく若い婦人の中にさえもある。私はそういう意見をもっている専門学校の女生・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・ このテンポをおとすな!」そしてバタ生産に関する農村通信員の面白い批判が掲載されている。バタ工場の支配人を代えろ!バタ工場上ナザロフスキーの支配人ゴルデーエフは生産に従事することを欲していない。工場は無管理状態に君臨されている。・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・映画の手法、映画の持っている便利なテンポを全く無視する程腰を据えて沙漠とその沙漠をラクダに乗って横切って行く土民とイタリー人の指揮官の一隊を写している。監督の意図では沙漠というものの持つ広大な自然力と小さい人間との対照、並に小さい躯に盛られ・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・だけれども、その半面には、進歩が常にその後にひっぱっている過去からの尻尾というものもあって、その尻尾は、電気力の利用という風なものの発達のスピードに合わせてはよりテンポののろい進みかた、変化のしようで私たちをとり囲む常識のなかにかくされてい・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
出典:青空文庫