・・・教室の上にある二階の角が先生のデスクや洋風の書架の置並べてあるところだ。亜米利加に居た頃の楽しい時代でも思出したように、先生はその書架を背にして自分でも腰掛け、高瀬にも腰掛けさせた。「好い書斎ですネ」 と高瀬は言って見て、窓の方へ行・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ここでアインシュタインが出て来てコロンバスの卵の殻をつぶしてデスクの上に立てた。 だれにでもわかるものでなければそれは科学ではないだろう。 二 暦の上の春と、気候の春とはある意味では没交渉である。編暦をつかさ・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・ 室の片すみのデスクの上に論文の草稿のようなものが積み上げてある。ここで毎日こうして次の論文の原稿を書いていたのかと思って、その一枚を取り上げてなんの気なしにながめていたら、N教授がそれに気づくと急いでやって来て自分の手からひったくるよ・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・その衝立をまわって、多勢の係員のいるところから、また一つドアがあって、その中に課長が一人でいた。デスクにむかい、折目の立った整った身なりの四十がらみの人であった。 中野重治が、訪問のわけを話した。作家としての生活権を奪われることは迷惑で・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・第一に、私は六日頃からベッドとデスクと四尺ばかりのところを動いて仕事をはじめ、十一日の朝終りました。あなたが手紙で、もう今頃は一区切りがついてよろこんでいるだろうと仰云ったのは一日だけ早かったわけでした。盲腸は軽くて今もうおかゆですが、冷や・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・居間のとなりに長四畳があってそこに父の大きいデスクが置いてある。背後が襖のない棚になっていて、その上の方に『新小説』『文芸倶楽部』『女鑑』『女学雑誌』というような雑誌が新古とりまぜ一杯積み重ねてあって、他の一方には『八犬伝』『弓張月』『平家・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・面に黒ラシャを張って、ガラガラとフォールディングになった開きのついたデスクの上に、母は円ボヤの明るいラムプをつけた。その下で、雁皮紙を横綴にしたものへ、真書き筆で、こまごまと父への手紙をかく。雁皮紙は何枚も厚く重ねてこよりでとじられた。六歳・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・その時、デスクの上で何時かしらと眺めるのも、その時計であった。 ところが、二年ばかりすると、動かなくなってしまった。ウォルサムの機械の寿命がそんな短いわけはない。どれ、俺がなおさせてやろう。第一回は父が直しに出し、次には私が出した。しか・・・ 宮本百合子 「時計」
・・・そして、父のデスクのわきに案内された。事務所は、どこもアラビア糊のような匂いがした。ひろ子は父にことわり、その許しが出ないと、半地下室で青写真が水槽に浮いている素晴らしいみものさえ、勝手に見にはゆかなかった。 日本ではじめての日の目を見・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫