・・・それには多年の修練によるデリケートな神経と筋肉の作用を要する。この測夫の熟練のいかんによって観測作業の進捗が支配されるのである。ある時向こうの山頂の回照器がいつまで待っても光を送らない。信号をしても返事がない。行って見ると櫓から落ちて死んで・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・そういう六かしい問題は別として、現在日本の画界における両つの分派の作品を対照した時に感ずるあるデリケートな差別の裏面には、両派の画家の本来の素質のみならず、画家の日常生活における精神的栄養の摂取し方の差違が隠れているのではないかと疑われる。・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・それには、もっとデリケートな調節器官が入用であって、その大切な役目を務めるのが弓を持った演奏者の手首であるらしい。普通の初等物理学教科書などには弦が独立した振動体であるようなことになっているが、あれも厳密に言えば弦も楽器全体も弓も演奏者の手・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・だんだん仕上げにかかっては、その微細な観察とデリケートな絵具の使い方に驚かされた。吾々の方で非常に精密な器械の調節でもしているのと似たような際どい細かさがあった。これでは絵をかくのも大変な事であると思われた。いつか道灌山へ夏目先生と二人で散・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・ここにちょっとデリケートな問題が起る。このような点から考えると物理実験を授けるべき教員は、教える前に自分で十分にすべての実験を練習し、あらゆる場合に遭遇し、あらゆる困難を切り抜けて来なければならないかという疑問が起る。しかしこれは云うべくし・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・もう少し進んだのになると、鼻や小鼻の曲線のあるデリケートな抑揚をつかまえて、これを少しアクセンチュエートする事によって効果を挙げ、あるいは手足の機微な位置によって複雑な感情を暗示するものもある。猿が馬に乗っているにしてもその姿勢なり態度なり・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・道を歩く時にも、手を一つ動かす時にも、物を飲食する時にも、考えごとをする時にも、着物の柄を選ぶ時にも、常に町の空気と調和し、周囲との対比や均斉を失わないよう、デリケートな注意をせねばならない。町全体が一つの薄い玻璃で構成されてる、危険な毀れ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ ――○―― 青年期に達する時に男でも女でも非常に頭がデリケートに芸術的になるものである。 天才と呼ばれる様な人は、その時の美くしい発露を永遠につづけ得るのである。 即ち、その時の若さが不朽なのである。 ・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・粗野な一面には非常にデリケートな感情があって父親や兄達のこまこました事はやさしくしてやった。只一人の妹と云う事から両親の次に私はこの妹を大切にした、髪などをたまに結ってやったり歌を教えたりした。 私の膝に抱かれたまま、私の髪の毛をいじる・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・あれは未だ纏った考えと云うより、一つの暗示にすぎないから、女性中心思想によって敷衍された結論に猶考える余地があるとしても、その核心である女性のデリケートな自尊心については味うべきものであると思う。所謂進歩し、懐疑なく性生活を支配している新女・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
出典:青空文庫