・・・ 赤楽の茶わんもトマトスープでも入れられては困るであろう。 寺田寅彦 「青磁のモンタージュ」
・・・まさか有田の乞食婆の喰っていたあの唐辛子のかかった真赤なうどんと、ポツオリの旗亭のトマトのかかった赤いスパゲッティとの類似のためであろうとも思われない。しかしこの二つの、時間的にも空間的にも遠く距れた心像をつなぎ合せている何物かがあるだけは・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・ところが二人は、はたけにトマトを十本植えていた。そのうち五本がポンデローザでね、五本がレッドチェリイだよ。ポンデローザにはまっ赤な大きな実がつくし、レッドチェリーにはさくらんぼほどの赤い実がまるでたくさんできる。ぼくはトマトは食べないけれど・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」「ではぼくたべよう。」 ジョバンニは窓のところからトマトの皿をとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・家といってもそれは町はずれの川ばたにあるこわれた水車小屋で、ゴーシュはそこにたった一人ですんでいて午前は小屋のまわりの小さな畑でトマトの枝をきったり甘藍の虫をひろったりしてひるすぎになるといつも出て行っていたのです。ゴーシュがうちへ入ってあ・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・風は不断のオルガンを弾じ雲はトマトの如く又馬鈴薯の如くである。路のかたわらなる草花は或は赤く或は白い。金剛石は硬く滑石は軟らかである。牧場は緑に海は青い。その牧場にはうるわしき牛佇立し羊群馳ける。その海には青く装える鰯も泳ぎ大なる鯨も浮ぶ。・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 三つ十五カペイキでトマトを買った。てのひらにのっけて雪道を歩くとそれは烏瓜のようだった。実際美味くなかった。ナルザン鉱泉の空瓶をもってって牛乳を買う50к。ゴム製尻あてのような大きい輪パン一ルーブル。となりの車室の子供づれの細君が二つ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・人気ない樹かげと長い塀との間の朝の地べたから巨大な白い髄が抽け出たような異様さで、その脚元にくさったトマトの濃い赤さ、胡瓜の皮の青さ、噎えたものの匂いをちらばしている。 通りすぎようとする人影に、コリーは同じほどの高さでその顔を向けた。・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・こういう母親は、自分の子にトマトをたべさせようと思って、店先に一つしかないのを見れば、もう一人そこにいる母親がどんな切迫した必要から、やはりその一つのトマトを欲しく思っているかもしれないなどとは思いもせず、必要の人が多ければ多いほど、我勝ち・・・ 宮本百合子 「科学の精神を」
・・・それから夏ミカンをよくあがるように。トマトはまだでしょうか。おかゆのお弁当を一ヵ月つづけておきました。朝牛乳、玉子二つ、一つはナマ一つは半ジュク、御注文のとおりいたしました。本のこともすぐ計らいます。どうかくれぐれもお大切に。お元気なのは分・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫